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映画『A GHOST STORY』胸が締め付けられる切なさの極み!評価★4.1

一言!

この作品、個人的にもうどうしようもないくらい好きです。『君の名前で僕を呼んで』に次ぐ切なさとサントラが堪らない!!!即サントラ出迎えました(笑)画面もスクエアに近い形で切り取られているので特徴的です。長回しで台詞も極端に少ないので、眠くなるなど苦手な人がはっきり分かれると思います。ただ、ここに載せている私の作品に理解示せる方であれば絶対気に入ってくれるかなと思います。

あらすじ

アメリカ・テキサスの郊外、小さな一軒家に住む若い夫婦のCとMは幸せな日々を送っていたが、ある日夫Cが交通事故で突然の死を迎える。妻Mは病院でCの死体を確認し、遺体にシーツを被せ病院を去るが、死んだはずのCは突如シーツを被った状態で起き上がり、そのまま妻が待つ自宅まで戻ってきた。Mは彼の存在には気が付かないが、それでも幽霊となったCは、悲しみに苦しむ妻を見守り続ける。しかしある日、Mは前に進むためある決断をし、残されたCは妻の残した最後の想いを求め、彷徨い始めるーー。
『ムーンライト』『レディ・バード』など、刺激的な作品を次々と打ち出し続ける気鋭映画製作スタジオA24。今、世界の映画界から最も注目浴びるスタジオが今回描くのは、斬新ながらもどこか懐かしさを感じさせるシーツ姿の幽霊が主人公の物語。死んでもなお、愛する妻への想いを胸に、何十年もの時を彷徨い続ける幽霊の旅路を、切ない音楽とともに紡ぎ出す。
サンダンス映画祭の観客賞を筆頭に、世界各国の映画祭でノミネート&受賞し、米映画批評サイトRotten Tomatoesでは驚異の91%の大絶賛を受けた話題作が、今秋ついに日本公開を迎える。不慮の事故死を遂げ、シーツ姿の幽霊となって彷徨い続ける夫を演じるのは、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したケイシー・アフレック。夫に先立たれた妻を演じるのは『キャロル』でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞したルーニー・マーラ。本作の監督デヴィット・ロウリーの『セインツ -約束の果て-』でも共演した、ふたりの超実力派俳優が再び集う。幽霊になっても変わらぬ妻への愛と、彼の行き着く最果てに、観る者の心は深い感動と余韻に包まれる。

ここまで「切なさ」を感じさせる要素は何か

冒頭でも述べましたが、日常の一ページを切り取るために「長回し」を多用している点にあると思います。二人がまだ人間として結ばれている時、ベッドで愛し合う場面も長回しで撮られています。ただ、髪を撫でだり見つめあったり、抱きしめ合う時間を切り取っている。愛情が画面越しに溢れ出しているんですよ。

さらに、この作品、本当に台詞が少ないのです。ゴーストは喋れませんし、干渉も(怒りや悲しみを抱く時を除いで)ほとんどしません。残された妻も一人なので話すことがほとんどない。言葉で心情を解説するとどうしても作り物感が出てしまうのに対して、行動だけで描写するこの作品はリアリティに満ちています。

印象的なシーンは、妻が知人が置いていったパイをただ5分程度黙々と食べているところです。お腹が空いているというわけではなく、雑に無理やり食べているように見えます。結局トイレに駆け込んで吐いてしまうのですが。

台詞はないし、泣きじゃくるわけでもない。この虚しい食器音とひたすら食べ続ける姿からは悲壮感やどうしようもない気持ちが伝わって来るのです。とにかく悲しみがリアルなんですよ。

実際、友人も失恋経験でこんなことあったなあと語っていて、観客の日常に寄り添った描写を取っているのかなあと思ったり。

幽霊も干渉することなく、毎朝出かけて行く妻の姿を同じ位置から眺めるループ。この沈黙による静寂とカメラを置いているだけのような撮り方が、切なさを増大させるのだと感じます。

また、画面の幅がスクエア型にカットされていて印象的でした。幅が狭いので、余計なものが写り込まない。写したい事柄だけにフォーカスを当てているので、没入感をより一層高めます。

「家」に居座り続ける理由は「継承」にあるのではないか

ゴースト(夫)は家から出ずに、妻が引っ越してしまった後も居座り続けます。家とは帰りを待つ場所でもあるので、最初は待ち続けているのだと思っていました。

見ていく中で、もう一つ理由があると気づきました。家主が変わっていく中で、無神論者のおじさんがベートーヴェンについて熱く語ります。彼の音楽は、この先も語り継がれるけど結論人間は皆最後はいなくなり無になってしまうというようなことを言うんですね。それに対して、ゴーストが怒ったのかポルターガイスト現象を引き起こします。それは、ゴースト自身が音楽家であり自分という名の継承に強い思い入れを持っているからだと思いました。

自分は死んでしまって、一方妻は新しい人に出会い、家を去ってしまう。そんな中、彼を思い出してくれる人・継承してくれる人は、いないのだと薄々気づいていて不安があったからこそ核心を突かれて感情的になったのではないかと。

その後、住んでいた家は取り壊され跡形もなくなってしまいます。新しく建てられた無機質な高層ビル並みの高さの駐車場。ゴーストは飛び降りるのです。そこから場面は切り替わり、回想が始まります。

時代は大きく遡り、その土地に家を建てようとした家族の日常から入ります。途中、小さな女の子はメモに何か書き残し石の下に埋めるのです。その後、何者かに殺害されてしまった家族は骨になり消失してしまう。死骸や生きた証は全て消失してしまうのですが、唯一そのメモだけがこの場所に残り続けるということを強調しているようにも思えました。

そこから、主人公たちが住み始めたシーンに切り替わります。ゴースト(夫)は「家」に住むことにこだわりを持っています。「家には歴史があるから」というようなことを妻に説明するのです。音楽家でもある彼は自分の歴史や存在証明を何かしら形として残したいと思っているのではないでしょうか。妻は引っ越したいと発言していて、最終的に夫は納得を示し「引っ越そう」と答えを出します。しかし、それは彼がまだ生きていて妻と一緒なら他の形で存在証明を残せるのではないかと思っていたからのようにも思えます。死んでしまった今では、自分の出した答えに納得できません。ピアノの音を鳴らすというポルターガイスト現象を引き起こしたのもそれが原因だと考えました。


最後はどういう解釈をするのか(個人的推測)

ラストは、ゴーストの魂が浄化されたという点からも妻が残したメッセージ=納得できたor理解を示したということになると思います。

これは、本当に自信がないのですが、妻が途中お腹をさすっていたシーンがありまして、そこで妊娠してるのかな?と個人的には思っちゃったんです。それで、メモにあなたとの子供を産んで前向きに生きるというメッセージを込めたのではないかと思いました。

「継承」にこだわり、ゴーストとして家に居座り続ける。こうした要素からも、何らかの形で自分が継承されているという実感を持てたのではないかと解釈しています!


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tkmr

映画が好きです。毎日1本映画生活送ってます。好きなジャンルはヒューマンドラマ(特にバッドエンドや憂鬱や切ない作品)です。卒業論文は「現代ゾンビ論〜生ける屍〜」について書きました。※投稿内容にはネタバレが含まれます
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