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インチキおじさんは、いま宝物の時間を過ごしている

大好きな選手がいる。

でも「すごい選手がいるんです」というかっこいいタグはちょっと気恥ずかしかったりもする。

私が好きな選手は、こう言うのもなんだが、とても地味だ。

広島東洋カープ所属、プロ19年目の40歳。捕手というポジションをずっと守っている。プロ2年目から一軍での出場機会を増やし、3年目にして初の開幕戦スタメン、そして順風満帆ではないものの、そのプロ生活のうちの多くの時間を一軍で過ごしている。キャッチングの実力を買われてWBC日本代表に選出されたこともある。オールスターゲームに3回出場。ベストナイン、GG賞、最優秀バッテリー賞を受賞したこともある。リーグ優勝がかかった試合にスタメン捕手としてフル出場し、2年連続グラウンドでその瞬間を迎えた。6年連続サヨナラ勝利のタイ記録も持っている。球団の選手会長を2年間務めたこともある。いまや日本代表に選出されるまでになった會澤翼選手を同ポジションの後輩に持つ。こう書くと華々しいのに、肝心の当人がとにかく地味なのだ。

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そもそも性格として、自分から表に出ようとしない人だ。試合がうまくいったときは投手のおかげだと言い、うまくいかなかったときは自分のせいだと言う。実力のある若い選手たちを表に立て、裏から見守り、自分が必要だと思ったタイミングや、相手から請われた時にはきちんとアドバイスを送る。試合に出場していないベンチでも、いろいろな場所に目をやり、気付いたことがあれば伝える。地味さゆえメディアにはなかなか取り上げられることはない、でも、本当にかっこいい選手。

実はとても頭の回転が早い、といっても捕手だからそれは必然なのかもしれないけれど。インタビューやオフのイベントで質問されたときの受け答えには毎回惚れ惚れする。自分は謙遜しつつ、他の選手や首脳陣やファンを立てる完璧な答えを返す。それでいて型通りのつまらない回答ではなく、後輩をいじったりしてまぜっかえしたりして聞き手をちゃんと笑わせもする。司会が進行しやすいように、さりげなく話を振ったりわざと笑いの方向に持っていったりもする。余談だが実はとても渋くて良い声をしているので、たまに声を聞けるととても嬉しい。メディアに出るときの私服は落ち着いた色合いのものが多い気がする。一度オフのイベントで伊達眼鏡を掛けてきたときにはあまりのダンディさにぶっ倒れるかと思った。

あだ名は「うーたん」。同ポジションの先輩に「ゴリラ」がいたからというのと、少し腕が長いから、が由来だそう。後輩からは「イシさん」たまに「イシちゃん」。本人いわく趣味は特にないけど、食べることが好き。遠征試合の際にはその土地の美味しいものを食べるのが楽しみだそう。球団の中でもかなりの酒豪として知られているらしく、2019年に人的補償で移籍してきた長野久義選手から酒の席を大いに警戒されていた。出身地は岐阜県大垣市の、自称「ど田舎」で、「岐阜は田舎だからサンタさん来ない…」等とんでもない発言がたまに飛び出したりする。その後トークショーに来ている子供たちに向かって慌てて「みんなはいい子にしてたらサンタさん来るからね」とフォローを入れる可愛いところもある。優しい人で、ご家族を大切にしている。

打席に立つと何かが起こる、と言われている。まるで妖怪みたいな言われようだが不思議なことに、満塁サヨナラのチャンスで打席に立ち初球デッドボールを喰らい押し出しで勝利してそのままお立ち台に上がったり、同じくサヨナラのチャンスでスクイズを決めてちゃっかりサヨナラ勝利してしまったり、スクイズを空振りしただけなのにボールが逸れ、その間に走者が二人生還して二点入ったり(空振りツーランスクイズと呼ばれている)、ミットからこぼれたボールを見失い、一塁走者が進塁しようとするのを見てとっさに砂を掴んで牽制するふりをして進塁を阻止(後に「わざと見失ったふりをして牽制アウトにしようとしたのでは?」という議論が起きたが、当人はトークショーで「本当に見失っていた」「(投手はボールが見えていたので)早く取りに来てほしいと思っていた」と語った)したり(一握の砂事件と呼ばれている)、ちょっとややこしいプレーになったため守る相手が混乱しているのを見て、アウトになったふりをしてトボトボ二塁から三塁まで歩いてコッソリ進塁(後にトークショーで「なんであの時二塁を離れて歩き出したのか自分でも分からなかった」「塁を離れてる間、(当時三塁コーチャーの)河田コーチも自分も目をカッと見開いて、三塁に辿り着いたら二人して「はぁよかった」って」と語った)したり(死んだふり走塁と呼ばれている)、誕生日に打撃妨害を犯してサヨナラ負けを喫してしまったり、スクイズを読まれて大きく外された球に食いついて空振りしたため、バットを持って空を飛ぶ雑コラが量産されたり…。

アメトーーク!のカープファン芸人回にて、アンガールズ田中氏によりこの一握の砂事件がインチキとして取り上げられたことがきっかけで、インチキという認識が広く定着する羽目になってしまった。本人は当初「他の呼び方は何でもいいからインチキだけは止めて」と言っていたが、アンガールズが出演するローカル番組で自ら「インチキって書こうかな」と言ったり、実は自分でもオイシイと思ってるんじゃないかな?とつい思ってしまう。

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入団から広島東洋カープ一筋。FA権を取得し、「出ていかれたら投手陣がヤバい」と言われている中で残留を表明。FAで出ていく選手が多い中で、生え抜きとしてカープをずっと支え続けてくれたベテラン。

連続サヨナラタイの記録はあるが、バッティングが優れているわけではない、というか悲しいことに打率が小学生の平均身長すら下回ってしまうんじゃないか…とこっちがハラハラしてしまうほど…特に近年は。

ベテランと呼ばれる40歳という年齢、それでもずっと一軍の座を守り続けていられるのは、積み重ねてきた確かなキャッチング技術と試合経験、そしてベンチでの姿を眺めていたらそれとわかる、野球や周囲に対する真摯で鋭い眼差しと態度があるからだろう。

私が彼のファンになった頃には既に、彼のキャッチング技術は評価が確立されていた。しかし、先日たまたま入団2年目頃の試合映像を見る機会があったが…当然と言えば当然だが、今とは全く違う、バタバタした動きの多いキャッチングだった。知識のない私でも現在の彼の捕球動作がいかに洗練されて美しく無駄がないものなのかをひしひしと感じるものだった。彼は無数の練習と試合を通して、それだけの技術と経験を積んできたんだとまざまざと思わされた。

入団してから10年以上、なかなか勝てない時代を経験してきた。後輩が「お酒の席でもずっと野球の話をしている」と口を揃えて言うように、ずっとどうしたら勝てるのか、野球のことを一生懸命考えて、一生懸命技術を磨いて、そうして手に入れた、素晴らしいものなのだと思う。

その技術は、実に多くの投手を助けてきた。今年来日6年目を迎えるクリス・ジョンソン投手もまた、彼をバッテリーとして信頼する捕手だ。来日初の公式戦で準完全試合を達成して以来、ジョンソン投手はほとんどの試合に彼とバッテリーを組み登板した。この数年で後輩の會澤捕手が実力をつけて経験を積み、正捕手となってからも、唯一ジョンソン投手は「イシ」を女房役としてマウンドに上がる。「イシをアメリカに連れて帰りたいよ」と冗談を言うほど信頼している。だから私も時々冗談で「私のライバルだから」と一方的に勝手に張り合っている(笑)

私はカメラを持っている。彼のファンになるにつれて、彼の写真をどんどん撮るようになった。彼は客席をよく見ている。誰のファンがどこにいるかすぐに気付いて、時にはその選手に教えることもある。そして自分のファンのこともすぐ気付く。わざとじっとカメラの方を見たりするいたずらっぽいところもある。どんどん増えていく彼の写真がとても嬉しくて、自分でもどうするんだこれってくらいの枚数をついつい撮影してしまう。

カメラを通して見つめているからこそ分かることもある。どれほど周囲を観察しているか。状況を冷静に分析しているか。後輩と並んで話したり、一人でじっと座っていたり。これからネクストバッターズサークルに向かう選手に何か訊かれていたり。出場機会が少なくとも、チームの中で信頼され必要とされていることが、見ていてとても伝わってくる。そんな彼をとてもかっこいいと思う。

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選手として彼に残された時間はそれほど長くはない。40歳という年齢から、当人も自らそれを口にしている。捕手という過酷なポジションで、そしてあれほど厳しいプロの世界で、40歳までプレーしていること自体驚異的なのだと思う。

酷い右肩痛があった時も、自分が抱える故障を他球団に見抜かれないよう徹底的に自然に、何事もないように振る舞ったそうだ。それをメディアに打ち明けたのは痛みが治ってからだったが、年齢はすべてのプロ野球選手に重くのしかかるものなのだと強く思った。

私は彼の引退試合を現地で見届けたいと思い、地元で勤めていた会社を退職し、広島に引っ越してきた(もちろんそれだけが理由ではないが)。今はコロナウイルスでどうなるか分からない不安がやはりそれなりにある。でも、彼がいつかテレビの幼い子供たちからのインタビュー企画にて、「大切にしている宝物はなんですか?」との質問に答えた言葉を何度も思い返した。

「今みんなと野球をやれている時間を大切にして過ごしている毎日」

「それがきっとこれから宝物になる」

「いま宝物の時間を過ごしている」

私は彼のこの言葉を聞いて、だからこの選手のことがこんなにも好きなのだと思った。まわりをとても大事にしていて、だからこそ今という瞬間の大切さをきちんと理解していて、子供だからと手を抜くのではなく、素直な言葉で真っ直ぐに答えている。コロナウイルスで大変な今でも、彼はみんなと大切な時間を過ごしている。今も彼にとっては変わらず大切な時間なのだと。私はこれからもこの人のこと、ずっと好きなんだろうな。


目立たないけれど、大好きで。人に知られずこっそり見ていたいけれど、やっぱり知ってほしいとも思う、すごい選手がいるんです。


広島東洋カープ所属 背番号31番

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石原慶幸選手です。



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