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ヤンゴンも歩けば犬に噛まれる

人生いいことばかりじゃない。そりゃ雨に降られる日もある。石につまずく日もある。空から鳥の糞がふってくることだってあるし、猫に引っかかれる日もあるだろう。

だけど犬に噛まれる日は滅多にない、と私は個人的に思う。

何か運が悪いことの比喩表現として、たしかに「犬に噛まれる」という表現を見かけることはある。映画でもそんなシーンをみたことがあるし「ドラえもん」でも、のびたが近所の凶暴な犬に追っかけられてたじゃないか。

だけど私は生きていてこの方、実際に犬に噛まれた人を知らない。
私以外には

(いいか、ここでいう犬に噛まれるはかわいいチワワに甘噛みされることじゃねえぞ。ボクサーみたいな筋肉隆々の野良犬にガブッといかれる方の「犬に噛まれる」だ。)

改めてご報告しましょう。先日犬に噛まれました。
痛かったです。すーんごく痛かったです。

今も私の太ももは奇妙な紫色をしているし、なんなら直径20cmはあろうかという傷跡が残っている。全然笑えない。痛い。

さらに言えば、ミャンマーで犬に噛まれるということは、単純に「痛い」ということだけでは済まされず、割と真剣に「死」に直結することなのだ。「狂犬病」「破傷風」。日本ではあまり馴染みのない病気だけれど、発症すれば致死率ほぼ 100%のこのウイルスに侵される危険を伴っている。

なぜ、犬に噛まれたのか。なぜ犬は私を噛まなければならなかったのか。
謎は謎とて永遠に謎なわけだけれど。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

事件が起きたのはある夜のこと。

私は近所の道を歩いていた。この道には結構野犬が多い。
野犬だからといって無条件に人を噛むかというと、普段はそういうわけではない。こちらが大人しくしていれば、あちら様もおとなしくしている。たまに機嫌の悪い犬がいて、ああ、怒っているんだなと思う時には、私は大抵そっとその場を立ち去るようにしている。触らぬ神に祟りなし。そんな絶妙なお犬様と私の距離感を保ちながらこれまでお互いうまくやってきたのだ。やってきたはずだったのだ。

その夜も、彼はそこにいた。緑の首輪をつけたオニクは、そのあたりにいる野良犬のような飼い犬のような犬。ちょっと見た目がハンサムだから、たぶん近所のミャンマー人が首輪をつけて放し飼いで可愛がっているんだろう。このあたりは野良犬のアジトみたいになっていて、他にも目立つ犬にヤサイとかオニギリとか勝手に名前をつけるのは私の趣味だ。

その夜もオニクはいつもの場所でおとなしく丸くなっていた、はずだった。ちょっと目があったかな。うん、今日も機嫌わるくないよね、そんなことを確認しながら、私はいつものようにオニクの横を通過した。その時、自分のすぐ横で犬が感高く鳴く声が聞こえた。

次の瞬間、もう私は近くの電柱によろよろともたれかかっていた。「今、私噛まれたよね?」恐る恐る太ももを見ると、ユニクロのジーンズが赤く染まっている。

ああ・・・死ぬんだ。痛いより先にそう思った。おまけに私は自分の血にめっぽう弱くて一滴でも見ると、20分後に気絶する。(この奇妙な恐怖症とずっとつきあってきた。)私に残された時間はあと20分。

どんなに不幸な状況でも、神様には幸運をそばにおいてくれる優しさがあるらしい。家まであと3分。少なくとも家のベッドで倒れることができそうだ。痛い足を引きずりながら家までの道を急いだ。そこからの記憶はやや曖昧だが、とりあえず信頼のできる友人に電話した。そして彼と話して少し安心して、冷静になって、そしてビジネスパートナーである野口くんに連絡をした。

そして、見事に気絶した。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

鳴り響く携帯とドアを叩く音。ぼやける視界。12時20分。
気絶していたのは、そうか10分くらいか。くしゃくしゃの髪をかきあげて、ドアをあける。そこには仲の良い友人が心配そうに立っていた。どうやら日本からも野口くんがこちらの友人に連絡をいれてくれていたらしい。「死ぬなよ、友達アサインしといた。」クールなメッセージがどこか温かい。

ミャンマーの救急病棟は雑多だ。ごちゃっとした空間に私服のナース。青白い白衣の医者。行くとさらに数人の友人が待っていてくれた。ふと携帯をみる。状況を知った別の友人は、ほかの友人に連絡をしてくれていた。急に安心して泣きそうになる。

状況をしってすぐさま対処をする。まずは傷口を石鹸で洗わなければならない。(ここまでは自宅でできるので初期対応としてできるだけ早くやっておくといい。私はやっていた。)そこから注射を4本。破傷風と狂犬病のワクチン、痛み止めにパッチテスト。ちなみに破傷風の注射は傷口に10箇所くらい刺す。(想像を絶する痛みだ。覚悟しといたほうがいい。)

さっきまで死ぬと思って力なくよろけて気絶していたのに、痛すぎて絶叫している。安心したのか痛すぎるのかなんなのか、笑いが止まらない。ああ、やっぱりまだ生きている。私はちゃんと生きている。

夜中の救急病棟。
カーテン越しに日本人女性起業家の怪しい高笑いがずっと響いていた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

私の本棚には、「夢を叶える像」というほんがある。165ページ。
そこにはこんな文章がある。

「自分にとってうれしゅうない出来事が起きても、まず嘘でもええから『運が良い』って思うんや。(中略)そしたら脳みそが勝手に運がええこと探し始める。自分に起きた出来事から何かを学ぼうと考え出すんや」


人生いいことばかりじゃない。そりゃ雨に降られる日もある。石につまずく日もある。空から鳥の糞がふってくることだってあるし、猫に引っかかれる日もあるだろう。

犬に噛まれる日だってあるのだ。

なぜ、犬に噛まれたのか。なぜ犬は私を噛まなければならなかったのか。
謎は謎とて永遠に謎なわけだけれど、どんなに不幸な状況でも、神様には幸運をそばにおいてくれる優しさがある。

私の足には大きなアザと噛み傷。100ドルの出費。おまけに体は打ち立てのワクチンでだるい。注射も痛かったし、歩くのは苦痛だし、犬は怖い。(特にあれからオニクは怖い)

だけど心はどこか温かい。真夜中に駆けつけてくれた友人がいて、パアン(地方)から勇気を振り絞って知り合いに連絡してくれた友人がいて、それをきいてすぐ電話してくれた後輩がいて、病院で待っててくれた友人がいて、日本から支えてくれた野口くんがいて、心配してお見舞いしてくれる人がいる。いとこが心配してメッセージをくれたり、そして、任せてといって、仕事を代わりに頑張ってくれるうちの会社のスタッフがいる。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

なぜ、犬に噛まれたのか。なぜ犬は私を噛まなければならなかったのか。
謎は謎とて永遠に謎なわけだけれど。

何かを失って、もっと大事ななにかをみつける。
たぶん私は、最高に運がいい。

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<追記:ヤンゴン(ミャンマー)で犬に噛まれてしまった時は>

1.  落ち着いて安全な場所へ (現地に友人がいればすぐ電話)
2. 傷口をできるだけ早く石鹸で洗う(ちょっと痛いけど我慢)
3. 最寄りの病院にできるだけ早くいく(emergencyへ)
(破傷風と狂犬病は発症すると100%の致死率です。当日にワクチン注射をしてください)
4. その後4週間で3回〜4回ワクチンを受けます(種類によって違う)

※ 私がワクチンを受けた病院:Asia Royal Hospital (サンチャウン)

ローカルですが24時間やっていて対応もスムーズでした。まっすぐemergencyの所に向かってください。ドクターは英語も通じます
費用は100USDほどです。




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