第5章 『仮面ライダー』狂想曲〈2〉「冒険王」編

 1 石川賢版『変身忍者嵐』に大ショック!

 秋田書店の「冒険王」といえば、ぼくが生まれる1年前の1949(昭和24)年に創刊された月刊少年誌の老舗です。絵物語の『砂漠の魔王』(福島鉄次)はリアルタイムでは読んでいませんが、柔道マンガの『イガグリくん』(福井英一→有川旭一)あたりからは読んでいました。ただし、柔道マンガは好きではなかったせいか、内容は記憶にありません。
 はっきりと憶えているのは、『魔神ガロン』(手塚治虫)、『ゼロ戦レッド』(貝塚ひろし)、『ジャジャ馬くん』(関谷ひさし)、『サブマリンスーパー99』(松本あきら=零士)といったあたりの作品です。
 60年代前半までマンガ界をリードしていた月刊誌の「少年」「少年ブック」「ぼくら」などは、すでに休刊。同じ秋田書店の「まんが王」も70年に姿を消していました。
 秋田書店では、1969年に隔週誌として創刊された「少年チャンピオン」が、70年には完全週刊誌化し、「冒険王」も影が薄くなりつつあった頃でした。『仮面ライダー』のマンガを連載するということは、おそらく起死回生ともいえる最後の手段だったのではないでしょうか。
 連載開始は72年5月号から。第1回は45ページという大盤振る舞いの状態でした。
 実は、「冒険王」では、1号前の4月号から、別のコミカライズ作品の連載がスタートしていました。その作品は、これも石ノ森章太郎先生原作の『変身忍者嵐』でした。
 マンガを担当していたのは石森プロの関係者ではなく、永井豪さんが率いるダイナミックプロの一員だった石川賢さんです。
 石森プロには、「冒険王」4月号に掲載される石川賢版『変身忍者嵐』のゲラが届いていました。参考にと加藤マネージャーから渡されたゲラを見て、ぼくは、まさにビックリ仰天しました。石川賢さんといえば、ダイナミックプロの一員として、ずっとギャグマンガばかりを描いていました。永井さんが描いてきた『ハレンチ学園』や『ドロロンえんまくん』などの延長にあり、かつ、スラプスティック(ドタバタ)色を強めたような過激なギャグマンガを得意としていた人です。
 石川賢さんの『変身忍者嵐』は、ギャグマンガでの過激さをさらに増やし、スラプスティックならぬスプラッタの方向に過激に走ったストーリーマンガになっていたのです。スプラッタとは、つまり、血まみれという意味です。戦闘シーンでは、手足が、首が、眼球が、血飛沫とともに飛び散っていました。かつて貸本マンガの『忍者武芸帳』(白土三平)が、斬られた首が飛ぶシーンで問題にされたことがありました。しかし、石川さんが描く『変身忍者嵐』の残虐さは、『忍者武芸帳』の比ではありませんでした。
 ——ここまでやっていいんだ……!
 ぼくは、血まみれの誌面を見て、その自由奔放さに感銘を受けました。
 この頃は、ストーリーマンガを劇画と呼ぶ風潮が強まり、石ノ森章太郎先生の『佐武と市捕物控』あたりまでが劇画と称されていた時代です。貸本劇画から移ってきた人たち、あるいは、その流れを受けて青年誌の「劇画」でデビューした人たちの作品には、リアルな表現の象徴として、いつも大量の血飛沫が飛び散っていました。
 貸本劇画も愛読してきた身としては、そんな血まみれの「劇画」を見るたびに、つい「〈劇画〉じゃなくて〈激画〉じゃないか……」と思ったりしたこともありました。自分でも、高校生の頃から、そんな時流に対応するため、血飛沫を飛ばす練習をしていたのにです。
 ちなみにマンガの血飛沫は、ペンや筆につけておいた墨汁を、口でプッと勢いよく原稿用紙に吹きつけることで表現します。
 手塚治虫先生の『どろろ』や石ノ森章太郎先生の『佐武と市捕物控』といった作品でも、血飛沫が飛ぶシーンは珍しくありません。石ノ森先生ご自身が描く『変身忍者嵐』でも、流血シーンは頻繁に登場していました。
 しかし、石川賢さんの『変身忍者嵐』の残虐さは群を抜いています。ただし、デフォルメが効いているせいで、リアリティという意味では、やはり〈絵空事〉に見えるところもありました。
 この石川賢さんの『変身忍者嵐』に、ぼくは多大な影響を受けました。いや、影響なんてものではなく、真似をすることにしたのです。「テレビマガジン」は幼児も読む雑誌でもあり、またカラーページが多用されているため、血が飛び散るような表現は避けていましたが、「冒険王」では残虐な表現も厭わないことにしました。
 45ページのネームを入れて石ノ森先生に見てもらいましたが、この段階では大した直しは出ませんでした。猛烈な直しが入ってきたのはペン入れの段階になってからです。締切まで時間がなくて、本来、下絵の段階で受けるはずだった監修をカットしてしまったのです。
 ライダーをはじめとするキャラクターのペンが入った原稿を持って監修を受けにいくと、石ノ森先生からは次々に直しのチェックが入りました。しかし、締切までの時間がないことを理由に、見逃してもらったところもたくさんありました。
 この原稿は、自分のアパートで描きました。45ページを数日間で描かなくてはなりません。そこで石森プロに入ってきたばかりの山田ゴロちゃんが、アシスタントについてくれることになりました。中城健太郎氏のところでアシスタントをしていた彼は、バックのほとんどを描いてくれました。
 完成した原稿を先生に見てもらい、なんとかOKをもらって「冒険王」の編集者に渡しました。45ページなんて〈長篇〉を描いたのは初めてで、原稿を渡した後は、しばらく放心状態のようになったのを憶えています。

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