第4章 『仮面ライダー』狂想曲〈1〉「テレビマガジン」編

 1 「テレビマガジン」で『仮面ライダー』のコミカライズ

「『テレビマガジン』という雑誌が創刊されることになって、石森が『仮面ライダー』の連載を頼まれたんだけれど、とても引き受けられそうになくてね。それなら代わりの若手をと頼まれたんだけど、誰かやってみない?」
 石森プロの加藤マネージャーから、石森プロで仕事をしていた土山さん、細井ゆうじ、ひおあきら、そして、ぼくの4人に声がかかりました。
「もし、やりたいと思ったら、『ライダー』の絵を描いて石森に見せてほしいんだけど」
 こう言われたぼくたちは、石ノ森先生が「ぼくらマガジン」と「少年マガジン」で連載していた『仮面ライダー』の総集編を見本に、それぞれ絵を描いて見せることになりました。
 この頃は、「すがやが一番ヘタ」ということが定評になっていましたので、「あまり望みはないだろうな」とは思いながらも、久しぶりに帰ったアパートの自室で、ライダーのアクションシーンを真似た絵を描きました。
 一番ヘタなのに仕事が多かったのは、自分のアパートにも帰らずに石森プロに泊まり込んでいたからでしょう。急ぎの仕事も多いので、加藤マネージャーも、つい、「すがや君、悪いけど、これもやってくれない?」ということになります。つまり、ぼくの仕事の量が多かったのは、いつも近くにいて便利な存在だったからでした。
 石ノ森先生に『さるとびエッちゃん』や『仮面ライダー』の商品につける絵の監修を受けていたときに、さんざん聞かされていたのは、「お前はヘボなんだから、うまくなりたければ人の3倍描け。量を描いていれば必ずうまくなるから」という言葉でした。ぼくの仕事の量は増える一方で、イヤが応でも他のメンバーの2倍も3倍も描く状況に陥っていました。そこまで増えると、とにかく完成させることが第一で、うまいのかヘタなのか、そんなことを考えているゆとりもありませんでした。
 石森プロでの泊まり込みの仕事が一区切りついたとき、ぼくはアパートの部屋に一晩こもって『仮面ライダー』の総集編を見ながらライダーや怪人の絵を描きました。
 気がつくと、スケッチブック1冊を『仮面ライダー』が埋め尽くしていました。これを加藤マネージャーに渡してはみたものの、マンガの仕事までは来ないだろうな……と、あきらめていました。
 ところが、予想外のことが起きました。石ノ森先生が「すがやで行こう」と言ってくれたというのです。採用の基準になったのは「量」でした。ほかのメンバーも絵を数枚ずつ提出しましたが、ぼくはスケッチブック1冊分の絵を提出していました。その「量」を見て、先生が「やる気がある」と思ってくれたとのことでした。
 ただし、ネーム、下絵、ペン入れ、完成の各段階で、石ノ森先生の監修を受けることが条件でした。しかも、これは最低限の監修です。直しが出た場合は、修正したものを再監修してもらいに行かなければなりません。
 また、創刊される「テレビマガジン」は、テレビ版の『仮面ライダー』をベースにしてほしいとのことで、番組の試写を見に行くことも義務づけられました。
『仮面ライダー』の試写会場は、新宿西口のKDD(当時。現KDDI)ビルの東側に隣接する太平ビルという高いビルの中にありました。ここにあった太平スタジオという音響スタジオが、『仮面ライダー』のアフレコや試写に使われていたのです。
 ビデオカメラで撮影するドラマの場合は、俳優の喋る声も同時に録音されますが、フィルムで撮影した場合は、ラッシュ(音が入る前の撮影したフィルムを放映時間に合わせてつなぎ合わせたもの)の映像を見ながら、俳優がセリフを喋って録音する方法が採用されています。これがアフター・レコーディング——略してアフレコというわけです。さらに音楽や効果音も録音され、試写でチェックを受けたうえで、完成したフィルムがテレビ局に納品されるシステムになっていました。
 テレビの『仮面ライダー』は東映の製作ですが、練馬区の大泉にある東京撮影所ではなく、川崎市にある生田スタジオが撮影所になっていました。1960年代の終わり、東映の東京撮影所では激しい労働争議が起き、テレビ映画などの撮影に支障が出たため、小田急線沿線の川崎市生田にプレハブの撮影所が急造され、ここで『仮面ライダー』など多数の作品が撮影されていたのです。
 しかし、急造の撮影所であるために、大がかりなセットが組めるスタジオもなければ、録音スタジオも試写室もありません。そこで西新宿にあった太平スタジオが、アフレコや試写に使われるようになったというわけです。
 しかし、テレビ版の『仮面ライダー』は、幼児や小学校低学年を意識していることもあって、シナリオのストーリーは極めてシンプルです。テレビでは派手なアクションや爆発があるので、ストーリーが単純でも見ていられますが、このシナリオをそのままマンガにしても、面白くなりそうにありません。
 ぼくは、シナリオを参考に悪戦苦闘して、とりあえず「テレビマガジン」創刊号用のネームを完成させました。毎回、ショッカーの怪人を1体ずつ出していくのですが、栄えある第1回に登場する怪人は「ありくい怪人アリガバリ」となりました。
 急いで作ったネームを持ってラタンにいた石ノ森先生に見てもらうと、ササッと一読しただけで、即座にボツになりました。シナリオをベースにしたせいで、自分でも面白いといえるネームではなかったので、ボツになっても大きなショックはありませんでした。
 先生は、「シナリオ通りにマンガを作っても面白くならないだろ? 怪人だけ使って、あとは自分でストーリーを作ったらどうだ? その方が勉強になるぞ」とおっしゃるのです。
 ——そうか! 勉強のつもりで描けばいいのか!
 先生の言葉を聞いて、気持ちが楽になりました。このときから石森プロの仕事は、「お金を頂きながら練習させていただく」という、ありがたい存在になったのです。ちょっと読者には申しわけないな……とは思いつつでしたが。
 そのようなわけで、あらためてネームをゼロから作り直すことになったのですが、与えられたページは18ページ。しかも3色と2色のオールカラーです。カラーページは「見せ場」を作ることが多く、当然、コマも大きくしなければなりません。石ノ森先生が「たのしい幼稚園」に連載していた絵本風な構成の『仮面ライダー』も参考に、見開きが二つもある派手なコマ割りにしました。

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