第10章 さらば石森プロ——それからのコミカライズ

 1 『ストロンガー』も『真田十勇士』も終わる

 1975年末、『仮面ライダーストロンガー』が終わると、ぼくが担当する石森プロのコミカライズ作品は、描き下ろしの『真田十勇士』に「6年の科学」連載の『未来救助隊アスガード7』、「テレビランド」と「小学三年生」連載の『がんばれ!!ロボコン』だけになりました。
 75年10月から76年6月までNETから放映された『アクマイザー3』、つづく76年7月から77年3月まで放映された『超神ビビューン』、76年4月から77年3月まで毎日放送系で放映された『宇宙鉄人キョーダイン』といった石森プロの新作は、土山よしき、細井ゆうじ、山田ゴロ、成井紀郎といった面々がコミカライズを担当します。
 ぼくは、4年間つづいた『仮面ライダー』シリーズが一段落したのを機に、石森プロの新作には関わらなくなり、フリーの仕事を増やしはじめます。そのひとつが双葉社の「少年アクション」の仕事でした。
 76年が明けた直後、何度かマンガの仕事を手伝ってくれた同級生の小西が、彼が師事するイラストレーターさんに会って欲しいと言ってきました。そのイラストレーターさんは稲垣謙治さんといって、自動車雑誌、モータースポーツ雑誌などに多数のイラストを発表している方でした。
 稲垣さんは、鈴鹿サーキットやホンダの広告を扱う会社に勤務していたこともあり、自動車レースをテーマにした「劇画」の執筆を出版社から打診されていました。そこでマンガ家であるぼくに、マンガの描き方についてレクチャーを求めてきたのです。
 直接会ってお話しし、マンガや劇画の仕事は、絵を描くだけでないことを理解していただきました。ストーリーが作れても、それをシナリオにし、コマに割っていく必要があります。セリフの書き方ひとつにも、分かち書きなどの作法がありますし、老若男女のセリフの使い分けもしなければなりません。
 稲垣さんは、絵を描くよりも、ご自身が体験してきたモータースポーツの世界を舞台にした「物語」を作ることに興味があるとのこと。そこで原作の執筆を勧めたところ、やってみる、ということになりました。
 もともと、この話は、稲垣さんとお付き合いのあった双葉社の編集者から持ちかけられたもので、その後、編集者を交えて話し合いを進めた結果、稲垣さんが原作を書き、ぼくがマンガを描くことになりました。
 稲垣さんの案内で、初めて三重県の鈴鹿サーキットに出かけたのは、76年4月のことでした。パドックやピット、コースサイドにも入れてもらい、初めてレースを取材しますが、その迫力に腹の底からしびれたものです。帰京後、婚約中だったカミサンに、「マンガでヒット作を出せたらレーシングチームを持つ!」と宣言してしまうほどでした。
「レースをしたい」ではなく「チームを持ちたい」と思ったのは、自動車を運転することには、さほど興味を持っていなかったからです。事実、運転免許証も持っていませんでした。
 カミサンは、何を寝言みたいなこと言ってるんだろ、くらいの気持ちでいたようですが、後年、自作がアニメになったりして、そこそこのヒットになると、本当に友人と共同でレースのチームを持ち、収入の多くを突っ込んでいくことになるのでした。
 それはさておき、「少年アクション」では、レースマンガの連載をはじめる前に、読み切りマンガを1本、掲載することになりました。ぼくは児童誌の仕事が中心で、少年誌での実績がないため、テストする必要があったのかもしれません。
 ちょうど三菱自動車のチームに所属する篠塚建次郎選手が、三菱製のランサーでアフリカのケニアで開催されたサファリ・ラリーに出場し、6位入賞を果たした直後のことです。当時、日本人が日本車に乗って6位に入賞することは、モータースポーツの世界では、まさに快挙中の快挙でした。その篠塚建次郎選手のサファリラリー挑戦の物語をマンガにして欲しいという注文でした。
 三菱自動車の本社に出かけて、サファリラリーの様子を撮影したドキュメント映画や実際にラリーに出場したランサーを見せてもらい、ディーラーに勤務していた篠塚選手ご本人も取材させてもらったあと、張り切ってネームに取りかかりました。
 ケニアのサバンナを走り回るラリーは、当然ですが、ドライバーにとってもクルマにとっても過酷です。でも、写真や映画で見られる派手なジャンプなどは篠塚選手によれば、「なるべく避けるんですよ。タイヤが宙に浮いている間は、クルマを前に進ませる力が働きませんからね」とのこと。そのアドバイスをもとに、実際のラリーの経過に沿ったリアルな展開にしたところ、編集者から、あっさりボツにされました。本番のマンガを描く前にネームを編集者に見せたのは、もしかすると、これが初めてだったかもしれません。
 少年誌は「別冊少年チャンピオン」で経験していましたが、こちらは映画のコミカライズでした。オリジナル作品を少年誌に描くのは「少年アクション」が初めてだったので、編集者も先にネームを見せるよう求めてきたというわけです。
 編集者の要求は、「もっと派手に!」でした。見た目が派手になるように、ラリーカーにジャンプさせ、アフリカにいる野生の動物とぶつかったり、崖っぷちを走らせたりするよう求められたのです。アニメの『マッハGoGoGo』にも似た荒唐無稽なレースものを描いて欲しいかのようでした。
 こちらも初めての少年誌です。キャリアも実績もないので、編集者から厳命されれば従うほかありません。当然、熱意は薄れ、「仕事」ではなく「お仕事」として、ただ完成させただけのような内容になりました。
 人気については聞いていませんが、次の仕事はないものと覚悟していたら、自動車レースマンガの連載をスタートさせるとのこと。まもなく稲垣氏の原作で、表紙に「構想1年」の謳い文句とともに主人公の顔が印刷された新作レースマンガ『大地のカミカゼ』が、巻頭カラーで連載開始となりました。
「少年アクション」は隔週誌でした。担当編集者が第1回のゲラ刷りを届けに来てくれるとのことで、喫茶店で会うことになりました。次号の打ち合わせも兼ねてのことだと思い、喫茶店に出かけていくと、編集者はゲラを出すなり、こう切り出しました。
「次号で雑誌が休刊することに決まりました。それで『大地のカミカゼ』も次号で完結させてください」
 双葉社の経営状態がよくないことは耳に挟んでいましたが、こんなに急に休刊が決まるなんて、唖然とするしかありません。でも、唖然としてもやることは一つだけ。最終回を描くことしかありません。これも、ある意味、マンガ家の現実でしょう。この後にも似たようなことは何度もありました。
 少年誌進出の足がかりになると思っていたのに、その希望も一瞬にして潰えてしまったのでした。
 でも、捨てる神あれば拾う神ありです。このたった2回の連載マンガを見て、新たな依頼が入ったのです。それは講談社の「月刊少年マガジン」からでした。

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