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小説『ぼくの姉がこんなに強いわけがない!』(2014年度京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースAO入試問題)

 2014年夏に実施された2015年度京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースAO入試の「小説さし絵」試験問題です。前年は3篇の小説(冒頭のみ)を読んで、そのうちの1篇のさし絵を描きましたが、小説を読むのに時間がかかる受験生が多かったため、この年度からは、読んでもらう小説を1篇だけにしました。

(この問題の掲載は京都精華大学入試チームの確認を得ています)

2014年度AO入試 第2日課題「小説さし絵」問題文

 以下の小説(抜粋)を読んで、登場人物や情景が一目でわかる「さし絵」を描いてください。

◎さし絵に求められるもの

(1)主要登場人物がわかるように描くこと。
(2)主要登場人物は可能なかぎり全身を描くこと。また動きがあることが望ましい。
(3)情景がわかるような人物配置、構図にし、背景も描くこと。
(4)必ず彩色すること。画材は指定のとおり。

◆小説(抜粋)

『ぼくの姉がこんなに強いわけがない!』

(はじめに)

 ぼくの名前は、大平均(おおひらひとし)。京都市北部に住む高校三年生だ。
 身長は一七〇・八センチ、体重は六三・八キログラム。文部科学省による十七歳男子高校生の平均身長および平均体重と、まったく同じというのが情けない。それもこれも公立中学で教師をしている両親が、「平均的な子どもに育ってほしい」という願いから、「均」なんて名前をつけたのがいけないのだ。
 同級生には小学生の頃から「だいへいきん」と呼ばれ、身長に体重だけでなく、学校のテストも、ほとんどが平均点付近。成績も、体育や美術、音楽まで含めてオール3で、当然、偏差値の高い大学なんかに進めるわけがない。口うるさい母には「勉強しなさい」とガミガミ言われてばかりいるけれど、もう手遅れってもの。ぼくは、偏差値の高い大学に進むことなどとっくにあきらめて、毎日、マンガを描いてばかり。
 できれば大学なんか行かないで、マンガ家になれないものかと新人賞に応募しているのだけれど、一次予選の通過がやっと。自分では傑作だと思っていても、編集者の目からは、やはり平均的な水準の作品にしか見えないらしい。
 実際、返送されてきた応募原稿についていた編集者のコメントも、「可もなく不可もなし」のただ一言だけ。何から何まで、とにかく平均的……ってのが、ぼくの特徴ってわけ。自分で紹介していても、イヤになる(涙)。
 あ、平均的じゃないものがひとつあった。それは視力。左右とも0・05の平均以下。マンガの描きすぎが原因だけど、眼鏡がなければ、もう霧の中にいるみたいで、頼りないったらありゃしない。
 当然ながら父も母も平均的で、一家そろって平均ぞろい……ってことなら問題は少ないのだけれど、実は、平均的じゃない家族がひとりいる。それは、ぼくの姉で、名前を妙(たえ)――という。
 名前は、とても女の子らしいのだけれど……。

       *  *  *

 ゴットン……。
 電車が動き出したとたん、ぼくは、グラリとよろめいた。
 時刻は午後四時。高校の下校途中で、私鉄の最寄り駅から四両編成の電車に飛び乗ったばかりのところだった。
 ブレザーにネクタイの制服姿で、ショルダーバッグをたすきがけにしていたぼくは、
「おっとっと……」
 と、危うく左手で吊革につかまり、バランスを取った。
 でも、目の前には、いまの揺れでよろめいたまま、バランスを取りもどせない人がいた。
「あたたたた……」
 声をあげながら、とっとっと……と片足跳びで、ぼくの方によろけてきたのは、両手に重そうなデパートの紙袋を提げたお婆さんだった。
 年の頃は七十歳くらいだろうか。和服姿で羽織を着ているところをみると、街中のデパートで買い物をすませた帰り道らしい。
「危ない!」
 ぼくは、思わず空いていた右手を伸ばし、お婆さんの身体を受け止めようとした。
 ところが、ズン! とぶつかったお婆さんは、思いのほか重かった。お婆さんの体重ではなく、持っている紙袋のせいだ。中には羊羹(ようかん)の包みがぎっしり詰まっていた。
 片手では、とても受け止めきれそうにない。
 ぼくは吊革を掴んでいた左手も離して、両腕で正面からお婆さんの身体をズン! と受け止めた。
 まるでスローモーションの映像を見ているようだったが、でも、ほんの一瞬のことだった。ぼくは、お婆さんを抱きかかえたまま、背中から電車の床に倒れ込んだ。
 倒れたぼくの頭の上を羊羹の包みが飛んでいく。勢い余って紙袋から飛び出したらしい。
 ほぼ同時に、何か硬いものが後頭部に当たった。マンガの書き文字なら「ゴキッ!」とでも表現したくなるような感触だ。
 ハッと頭を起こして横を見ると、それは誰かの足だった。しかも、ただの足ではない。三〇センチ以上はある巨大な革のブーツで、ゴツゴツと金属の鋲が埋め込まれている。
 硬いブーツではあったけれど、このブーツのおかげで後頭部を床に叩きつけられずにすんだのだ。
 ――もしかしたら命の恩人かも……?
 一瞬、そんなことを考えたが、それは大きな間違いだった。
「せっかくいい気分で寝てたのに、痛えじゃないか……」
 座席からごついブーツを履いた脚を投げ出していたのは、身長二メートルはありそうな目つきの悪い男だった。黒のレザージャケットに黒のレザーパンツ。あちこちに鉄の鋲が打たれ、ジャラジャラと鎖をぶらさげている。いわゆるパンクルックというやつだ。
 車内はそこそこに混んでいたのに、男は三人分の座席を独り占めにして、だらしない姿で寝そべっていた。
 お婆さんは、近くにいた他の乗客に助け起こされたが、ぼくのことは誰も助けてくれない。目の前にいるパンク野郎が恐ろしいからだ。
 パンク野郎は目つきも鋭く、どこから見ても凶暴そうだった。金色に染めた髪は両脇を剃りあげ、真ん中をニワトリのトサカのように突き立てている。
「いつまで、人様の足をマクラにしてんだよ?」
 パンク野郎に言われて、ようやくぼくは気がついた。頭を上げたつもりでいたけれど、パンク野郎の顔を見上げたおかげで、また後頭部をブーツの上に載せてしまっていたのだ。
「あ、あああ……すみません」
 われながら情けない声を出して頭を上げようとした瞬間、後頭部が激しく突き上げられた。パンク野郎がブーツを跳ね上げたのだ。
 ものすごい力で、上半身が跳ね起きた。その背中に、パンク野郎が、座席にすわったまま、激しい回し蹴りを入れてきた。
「ぐげええっ!」
 背中に強烈なショックを感じ、ぼくは、自分でも情けないと思うほどの悲鳴を上げた。
 とんでもなく強い力で、油のしみた床の上を尻で滑る。
 近くにいた乗客は、さっと左右に分かれて、ぼくをよけた。関わり合いになりたいからに違いない。
 その直後、滑っていた身体が急に停止した。ぼくが掃いていたスニーカーの底を、誰かが、やはりスニーカーの裏で受け止めていたからだ。
 スニーカーを履いていたのは、ナマ足だった。
 顔を上に向けていくと、健康そうに日焼けしたナマ足につづいて目に入ってきたのは短いスカートだった。下から見あげているせいで、下着が見えそうだ。でも見ない。ナマ足を見た瞬間に、それが誰かわかったからだ。スカートの下に短いスパッツを穿(は)いていることだって知っている。
「あんた、うちの弟に、なんてことしてくれるのよ!」
 ドスのきいた声を張りあげたのは、大平妙(たえ)――ぼくと同い年の姉だった。
「おめえの弟だと……?」
 パンク野郎が、のそりと座席から立ち上がった。「どう見たって同級生くらいにしか見えねえが……」
「当たり前よ。あたしと弟は、二卵性双生児なんだから」
 姉は、毅然(きぜん)とした声を出しながら、ぼくの脇を通り抜けてトサカ野郎の前に立つ。
 近くのお嬢さま学校に通う女子高生で、白いセーターにチェックのミニスカートという典型的なJKスタイルだが、少しもおしとやかなところはない。
 ボーイッシュな短髪で、うっすらと化粧はしているけれど、ツケマばちばちなんてこともない
 身長は一七四センチ。同じ日に生まれたというのに、平均的男子のぼくよりも背が高い。体重は六二キロで、バストは九〇センチのEカップ。女子高生にしては、みんな平均以上だ。たぶん。
 しかも、運動音痴のぼくとは正反対で、スポーツは万能。とくに得意なのは……

「あなた、うちの弟に謝りなさいよ。その前に、座席を三人分も独占していて、なんて態度なの? あのお婆さんに席をゆずってあげていれば、こんなことにもならなかったのに」
 姉は、パンク野郎の顔を見上げたまま、少しもひるむところがない。
「このガキゃあ、おとなしくしてれば、つけあがりやがって!」
 パンク野郎の顔が、さらに凶暴になった。頭の中で血管が一本か二本、切れたのではないか……そんな表情の変わりようだった。
「その顔、ぶっ潰してやる!」
 パンク野郎は、右脚を持ち上げると、ブーツの底を姉の顔面めがけて突き出した。
 なんと、ブーツの底にも鉄の鋲が埋め込まれている。
「きゃああ~!」
 女性客が悲鳴をあげた。
「ナンマンダブ……」
 ぼくが助けたお婆さんは両手をすり合わせている。
 周囲にいる誰もが、顔面に蹴りを入れられた姉の姿を想像したのだろう。
 でも、ぼくは、心配していなかった。直後に起こることがわかっていたからだ。
「これは正当防衛ですから!」
 姉は、そう言うと、スッと身体を沈めた。
 素早い動きでパンク野郎のブーツが空を切る。
 そのままパンク野郎の背後にすり抜けた姉は、
「はあっ!」
 と、小さな気合いを発しながら、クルリ――と身体を反転させた。
 ただ反転しただけではない。右足一本で爪先立つと、高く上げた左足の甲をパンク野郎の後頭部に叩き込んだのだ。
 みごとな回し蹴りだった。
 姉は、二歳のときから空手に通い、キックボクシングからマーシャルアーツまで、数々の格闘技を学んでは、自分のものにしていた。
「うげっ!」
 後頭部に姉の回し蹴りを受けたパンク野郎は、白目を剥くと、顔面から車両の床に倒れ込んだ。
「正当防衛ですからね」
 姉がパンパンと両手でホコリを払う仕草をすると、それを待っていたかのように、周りにいた乗客が一斉に拍手をはじめた。
「お嬢さん。あんたのお名前は?」
 お婆さんが姉に問いかけた。
「大平妙(たえ)といいます」
 姉がお辞儀をしながら答えると、お婆さんが目を丸くする。
「まあ、なんと女らしい名前。でも、いまのは、まるで……」
「男の子みたいだっておっしゃりたいのでしょう? 母にも、よく言われるんです。『女の子らしく育ってほしいと思って、妙という名前をつけたのに……』って」
「そうじゃろうねえ」
 お婆さんが感心したように首を縦に振る。
「でも、妙という字は、『女っ気が少ない』って書くんです」
 姉は、ニッコリと笑うと、「ね?」と、ぼくに向かってウインクした。

(抜粋・おわり)


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