第3章 コミカライズへの道——石森プロからの呼び出し

 1 はじまりは『快傑ハリマオ』

「石森プロから仕事を手伝ってほしいという連絡がきたんだけど、行ってみる?」
 マンガ仲間の細井ゆうじが連絡をしてきたのは、1971(昭和46)年の夏の終わりのことでした。
 その直前、ぼくと細井のふたりは、石森章太郎ファンクラブ(現・石ノ森章太郎ファンクラブ)会長の青柳誠くんから紹介されて、西谷祥子さんのところにアシスタントに出かけていました。
 青柳くんと知り合ったのは高校3年生の夏休みくらいだったでしょうか。場所は新宿の「コボタン」というマンガマニアの集まる喫茶店でした。
「墨汁三滴」の仲間とコボタンで開かれていたマンガ家の原画展を見にいったときのことだったと思います。店内にいた青柳くんが、顔なじみだったひおあきらや細井ゆうじを捕まえて、「石森章太郎ファンクラブ(当時の名称)を作ったんだけど、あなたたちは入らないといけないでしょ?」と迫ってきたのです。
 石ノ森先生が主宰していた「墨汁一滴」の名前を受け継ぐ同人誌のメンバーとあっては、やはり入会しないわけにはいきません。ぼくもその場で入会手続きを取らされて、ファンクラブに入会することになりました。ちなみに会員番号は0014だったはずです。001から009は、いったい誰がもらったのかは、いまに至るまで聞きそびれたままです。
 西谷さんは、石ノ森章太郎先生が主宰していた東日本漫画研究会から派生した東日本漫画研究会女子部(会誌は「墨汁二滴」)の出身で、その華麗なペンタッチはデビュー前から広く知られた存在でした。
 石ノ森先生は、トキワ荘在住時代に3ヶ月の世界一周旅行に出かけましたが、出発前に完成させることになっていた「少女」連載のSFマンガ『ミュータント・サブ』最終回の原稿が、締切に間に合わなくなりました。困った石ノ森先生は、下絵だけ入った原稿を高知に住んでいた西谷さんに送って、ペン入れから仕上げまでをまかせ、羽田空港から飛び立ちました。当然、原稿はおまかせになります。西谷さんは、それほど信頼された存在だったのです。
 この「少女クラブ」版『ミュータント・サブ』は、石ノ森章太郎ファンクラブで復刻出版したものを見たことがあります。西谷さんがペン入れをした最終回は、じっくり見れば線の違いも見分けられますが、ちょっと見にはわからないほどに、きれいなタッチで描かれていました。
 西谷さんは、高校在学中に「墨汁二滴」に掲載した作品が「少女クラブ」(講談社)に掲載されてデビューを果たしますが、本格的なデビューは高卒後になります。
 高校卒業後に上京した西谷さんは、「週刊マーガレット」を舞台に大活躍します。その頃に描かれた『リンゴの並木道』『マリイ・ルウ』『レモンとサクランボ』などは、キャラクターの華やかさと、ハリウッドのコメディー映画やアメリカの青春テレビドラマのような快活な物語に惹かれ、男子ながら毎週読んでいたものです。

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