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1年遅かったの

子どもの頃からいつも、頑張る理由は不純な下心。
テストで100点をとったら親にゲームを買ってもらえるかなとか、サッカーが上手くなったら女の子にモテそうだなとか。自分の成長の為だとか夢を叶える為だとか、立派な理由で頑張れたことは一度も無い。
それは社会人になって大人と呼ばれるようになってからも、変われなかった。

社会人1年目、営業に配属された。
特別に苦手なことは無いけど、特別に得意なことも無い。目標もやる気も無いし、あるのは怒られたくないなと早く帰りたいなの気持ちだけ。
会社の為や世の中の為に必死に働ける人はきっと、エビデンスとかボトルネックとかフィックスとか、やたらとカタカナのビジネス用語を使う人だけだと疑わなかった。

「ねぇ、君って私のこと嫌いでしょ?」
だいぶ仕事にも慣れてクールビズが始まった頃、面談の席で女上司が僕に言う。
「そんなことないですよ」
図星だ。うまく隠せていると思ってたのに。本心はやたらとカタカナのビジネス用語を使う、会社の為や世の中の為に必死で働く彼女が嫌いだった。
適当に誤魔化し続けたけど、今後も我慢していくのも面倒だしなと思い、正直に伝えた。

そんなにやる気が無いから正義感を押し付けられるのが苦痛なこと、気持ちばかり先走って効率的なやり方じゃないと感じていること。
話し始めると溜まっていた不満が溢れ出して、彼女を泣かせてしまった。
どんどん重くなっていく会議室の空気に耐えられなくなり、居心地の悪い僕は定時を理由に面談を終わらせて、そそくさと退勤して喫煙所へ逃げ込む。
煙を吸いながら頭を冷やしていると、彼女もやって来た。

「タバコ、吸うんですね」
「普段は家でしか吸わないよ、けど今は我慢の限界」
「えっと、さっきはすみませんでした」
「部下の子にあんなにハッキリ言われたの初めてだった」
「あの、このままだと明日から会うの気まずいし、バーミヤン行きません?お客さんにクーポンもらったんで」
「ずいぶん安く見られてんな、私」

彼女は唐揚げより油淋鶏がいいだとかエビチリよりエビマヨがいいだとか文句を言いながらビールを飲んで、いろんなことを話してくれた。
そういえば二人でゆっくり話すのは初めてだな。
自分が一年目の時に失敗したこと、昔から人に甘えたり頼るのが苦手なこと。春には異動が決まっているから結果を残したいこと、どうやら僕に期待してくれてること。実は降りる駅が同じなこと、出勤中の電車でジャンプを読んでいるのを見られていたこと。バドミントン部だったこと、aikoが好きなこと。同棲している彼氏からおそらくプロポーズされること、震災以降元気が無い福島の家族を早く安心させたいこと。

とりあえず酒を飲むとよくしゃべるのと、悪い人ではないんだと思った。
仕事じゃない時は可愛い顔で笑うんだなとも思ったけど、言わずにビールで流し込んだ。

『クライアントの立場で考える』『経営者目線を持つ』『視座を高くする』
たくさんの先輩にいろんなことを教わったけど、どうでもよかった。
僕が想像したのは、どうすれば彼女の仕事に役立てるのかだけだった。

話しかける機会を増やす口実のために、ホウレンソウをする。
帰る時間を合わせるために、優先順位付けもタスク管理も徹底する。
かっこいいところを見せるために、褒めてもらうために、売上を伸ばす。

あのバーミヤン以降、よく話すようになった。
帰り道は缶ビールを飲みながらくだらないことを話して歩く。
厚手のコートを着る頃には、すっかり彼女を好きになっていた。
やっぱり僕が頑張る理由は不純な下心だ。

酔った勢いで肌を重ねることがあっても、外で手を繋ぐことは無い。
クリスマスは会えないから、26日にデートをした。
デパートで互いにプレゼントを選びあって、ネクタイを買ってもらう。

「淡い水色が似合うよ」
「若者っぽ過ぎるでしょ」
「うるさいな若者」
「彼氏にだったらどれ選ぶ?」
「んー、深い緑色かな」
「じゃあそれがいい」
「似合うようになったら買ってあげる」
深い緑色が似合うようになるくらい年齢を重ねた頃には、一緒にいないくせに。

彼女の薬指にはダイヤが光っていた。

社会人1年目がもうすぐ終わる。
評価もされるようになったし、任される仕事も増えた。
春から異動する彼女の送別会の帰り道、いつものようにビールを飲みながら一緒に歩いた。

「この川沿いの道、好きなんだ。桜が綺麗に咲くんだよ」
「なんかaikoの歌みたいだね」
そんないつもどおりな、ありふれた会話をしながら、口にはしないけど、もう会うのは最後だと二人とも分かっていた。

「この半年ですごく成長したね、仕事できるようになったもん」
「まだまだでしょ。これからも教えてよ」
「もう私がいなくても大丈夫でしょ」
「そっちの部署まで噂になるくらい、売上伸ばすわ」
「楽しみにしてる。今まで本当にありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「きっといい男になるよ」
「今はいい男じゃないのかよ」
「さぁどうでしょう」
「俺が口説こうなんて、10年早かったよね」
「ううん、10年早いんじゃなくて、出会うのが1年遅かったの」

そう言って彼女は僕の口に一瞬だけ触れて、振り向かないで去っていった。


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