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”つめたい”と”あたたかい”

昔の恋人と久しぶりに会った。

別れてからもう3年になるし、今更どうこうなんてことはない。
ただなんとなく、何ヶ月かの間隔を空けて、季節に1回くらい飲みに行く。
前回は梅雨が始まってすぐだった。

いつもの居酒屋、ビールで乾杯。この夏はどうだったかなんて話始める。
でも互いに色っぽい話なんてひとつもなかった。増税前に洗濯機を買い替えたいだとか、あのドラマの黒幕はもう一捻りほしかったとか、これ前も話したっけ?なんて、気の抜けたことばかりを話した。

居酒屋を出たあと「ラーメン行こう」とならなくなったことで、話すことは変わらなくても3年分の体の変化に気付かされる。

『あっ』
視線の先にはミスドがあった。

「食べたいんでしょ、買ってくか」
『えっ?なんでわかったの?』
なんでわからないと思ってんだよ。

『食欲の秋だからしょうがないよね。ラーメンは心配だけど、ドーナツは歩きながら食べたらきっと太らないよ、大丈夫』
あ、ラーメンのことも覚えてたんだ。

ポンデリングをちぎりながら歩いてると、ぽつりと話し始めた。

『もしも言葉がひとつずつ消えるなら、最初と最後はなにを選ぶ?』
「世界から猫が消えたなら?」
『そうそう、そんな感じ』
「あー、なんだろ。最初は”納税”かな」
『ダメでしょ笑 大人なんだから払いなよ』
「そっちは?」
『んー、”また1キロ太った”』
「そんなこと考えてるやつがドーナツ食べんなよ笑』
『だって笑 ちょっと真面目に考えてよ』
「そうだなぁ。”さみしい”かな」
『ああ、なんか、っぽい』
「最初に選んでおけば、それからずっと平気な訳じゃん」
『そういう理屈っぽいの、すごくっぽいよね』
「嫌な言い方するなぁ」
『わたしは逆かな。”さみしい”は最後に選びたい』
「なんで?しんどくない?」
『だってきっと、最後はすごくさみしいもん。ちゃんと自分が感じてること、言葉にしておきたいから』
「なんか、それも、っぽいね」

強い人だと思った。俺が恐怖から逃げるために最初に選ぶ言葉を、彼女は最後まで残す。嫌になるくらい真逆の性格だ。
ありがとう、愛してる、そんなキラキラした言葉を選ばないのも、彼女らしい。ただの妄想ゲームなんだから誰が聞いても心地良い言葉を選べばいいのに。どこまでも正直だから、傷ついたりするくせに。

そんなことを考えていたら、家の前に着いた。

『いつもくだらない話を聞いてくれてありがとう。またね、次は冬かな』
「なんだかんだ俺も楽しいし。寒くなったら鍋でも食べよう」

缶コーヒーを自販機で買おうとして、”つめたい”と”あたたかい”どちらを選ぶか悩んだ。それっぽいことばかり言うくせに、本当はこんな簡単なこともすぐに選べない。情けなくて笑えた。

言えるわけがなかった。最初に選びたい言葉は”やりなおしたい”だなんて。
もしそれが消えてしまえば、”さみしい”なんて言葉も必要なくなるのに。



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