箱庭

「上野くん見て、桜!」
柔らかな茶色の髪を揺らしながら里香がこちらに振り向いた。その可愛らしい笑顔に胸がギュッとなる。
空は快晴で小鳥の鳴き声が聞こえてくるし、ああ、なんてデート日和なんだろう!
 俺はアメリカに住む里香と遠距離恋愛中だ。今日は急遽予定が空いたと里香の方から会いに来てくれたのだ。
「そういえば仕事はどう? ちゃんと休み取れてる?」
「うん、大丈夫! 仕事は……まあまあかな」
「あんまり無理すんなよ」
「上野くんこそ最近どうなの? 元気にしてる?」
「あー、ボチボチ。俺は逆に寝すぎだと思うけど」
「いいんだよ、たくさん寝て! 寝る子は育つって言うんだから!」
「いや、俺充分大人だし! これ以上育つのはもういいかなぁ」
二人で笑いながら、何気ないこの瞬間が幸せだなあとじんわり思う。里香の存在こそ俺の大事な心の支えだった。
『上野さーん、おはようございますー』
唐突に女性の声が飛び込んできた。
「ごめん、もう時間だわ」
「そっか、じゃあまた今度ね!」
里香は嫌な顔ひとつせず、笑顔で手を振ってくれた。俺も手を振り返して、手元のスイッチを押した。
 がぽ、という音と共にゴーグルとヘッドホンが上がり、目の前に白い空間が広がった。
「ごめんなさいね、デート中に。検温です」
白衣の女性はそう言うと体温計を取り出した。俺はゴーグルの下にかけていた眼鏡を通して視線入力で話しかける。
『どうしてデート中って分かったんですか?』
「あら、口元が少し上がってたのよ。顔も少し動くようになったのね」
俺は視線と手足の指先程度しか動かすことが出来ない。事故の影響でもう半年以上入院していた。
「今日は午後にリハビリの予定ね。VRのおかげでイメージトレーニングはバッチリかしら?」
『はい、お陰様で』
今は指先の操作でVRの身体を動かすことしか出来ないけど、早く里香と手を繋いで本物の桜が見たい。

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第3回100人共著プロジェクト
「100人で書いた本~場所篇~ (キャプロア出版)」より
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