800字SS

甘いもの

 ライターの私は頭を抱えた。締め切りが明日へと迫っているのに、原稿が白紙なのだ。ああ、こんな時は。私は財布を握りしめてパソコンを閉じた。
「逃げよう!」

 作業場である自宅を抜け出して繁華街にやってきた。仕事をさぼって何をやっているんだろう。罪悪感はあるものの逃避欲が勝った私は、とりああえず街をブラブラすることにした。
 目的もなく服屋を眺めたりしているうちに17時のチャイムが鳴った。私は駅前のクレープ屋でいつもは選ばないようなちょっと豪華なメニューを頼むと、近くのベンチに座って食べ始めた。そういえば最近疲れてたし、疲れた時は甘いものだよな。
 ふと、クレープ屋の店の前にいる、ギターケースを背負った長髪の人影が目に入った。私が頼んだのと同じスペシャルダブルいちごクレープを頼んだその人は、綺麗な男の人だった。
(男性でこんなに綺麗な長い髪してるのって珍しいな…)
思わず見とれていると、ちょうど振り返った彼と目が合ってしまった。彼は少し驚いたようだったが、すぐにニッコリと笑顔になった。
「ここ、ついてますよ、クリーム」
「えっ!? あっ、すみません」
慌てて口元を拭うと確かにクリームがついていた。口にクリームつけて呆けた顔で見とれてただなんて恥ずかしい。
「あの、俺このあとすぐそこで路上ライブやるんです、良かったら見に来てください」

 マイクのセッティングが終わった彼は、「では」と曲を演奏しだした。オリジナル曲だというそれは、優しくてロマンチックで、ちょっと甘すぎた。食の好みも曲の好みも甘党なのかな。だけど夕暮れの街並みと相まって、まるで映画のワンシーンのようだった。風に揺れる彼の長い髪と、柔らかく甘いメロディ。
(すごい……綺麗)
その時、私の頭の中に神様が降りてきた。
「あの、CD下さい!」

 その夜、彼の曲をBGMにパソコンのキーを叩く音が部屋に響く。
甘いものはひらめきの神様への供物なのかもしれない。



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