ダンスフロアの亡霊

「23時50分になると星座の間に美しい亡霊が現れる」
とあるVRダンスフロアに伝わる噂。もちろん本物の霊ではない。いくら話しかけても一切会話をしない、まるで向こうに人がいないようなアバターのことをそう呼んでいた。たまにそういうユーザーがいたが、噂の彼女は一味違った。見た目は課金すればいくらでも美しくできるが、アバターの動きはリアルの自分を反映しているので変えるのが難しい。彼女はダンスの腕はもちろん、何気ない動きの一つ一つがとても美しかった。いつも時間になるとフロアへ現れて、10分だけ踊って帰っていく彼女は、その晩の一番ダンスがうまい男としかペアを組まなかった。いつか彼女と踊ってみたい。気が付けば彼女とペアを組むことが目標になっていた。
 その日は嵐のせいで雷の酷い夜だった。落雷の影響でサーバーが不安定になり、フロアにアクセスしづらくなっていた。でもなぜか諦めることが出来なくて、時間ギリギリにフロアへ向かった。星座の間は、青や紫がグラデーションで混ざりあった幻想的な空を背景に星座が流れていく、ロマンチックなフロア。ここで踊る彼女はまるで映画のようだった。しかし、まだその姿は見えない。彼女を待っているとブチン、と耳元で大きな音がした。とっさに目を瞑り、再び開けてみると、フロアには自分しか居なかった。また雷が落ちたのだろうか? 理由は分からないが、戸惑って帰ろうかと思った時、背後から靴音が聞こえてきた。振り向くと、あの美しい亡霊が立っていた。
 今このフロアにいるのは2人だけ。じゃあ、今夜一番ダンスのうまい男は――。そっと彼女の手を取りエスコートする。緊張で震えそうなのを必死に隠しながらステップを踏み、彼女が微笑んでいるのを見て安心した。ああ、この10分が永遠に続けばいいのに。だけど奇跡は二度も起らなかった。確かに触れた切ない感触だけを手のひらに残して、彼女は黙ったまま儚く消えた。

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800字SSまとめ

700字以上800字以内で書いたショートショートのまとめです。7月16日発行の同人誌に収録します。
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