合コンに参加した話(前編)

 もう2か月ほど前のことになる。人生で初めての合コンというものに誘われた。

 誘ってきたのは大学時代のサークルで一回り以上も遠い男性の「先輩」である。合コンを誘うくらいであるから、もちろんメロディーを担当するような楽器の人である。先輩は、一方で私が恋愛というものに諦念を抱き、その虚構性を暴こうと下らぬ腐心をしており、他方で私の友人である「田原君」が恋愛に果敢に挑みつつも、ベーリング海並みに浮沈の大きい成就と失恋の波間に溺れている有様を見かね、我々の存在を職場の女性「同僚」に明かした。同僚は若い男性という属性に飢えていたから、合コンでも開いてみたいということになったのだそうだ。先輩と同僚は私や田原君と歳が離れているから、比較的歳の近い「後輩」と「元同僚」を誘った。

 こうして、「先輩」「私」「田原君」VS「同僚」「後輩」「元同僚」という布陣で合コンが開催される運びとなった。私は人生初の合コンに臨み、リア充のすなる合コンを、非モテもしてみむとて、するなり、という飄々とした心境でありながら、生きるか死ぬか、乾坤一擲の大勝負という気概があり、そして僅かに、これはnoteに書けるネタになりそうだ、という参加賞的なほくそ笑みもあった。

 開催日の数日前、男性陣で簡単な情報交換が行われた。決戦の時は平日夜の19時。場所は大阪某所。食べ物は韓国料理だという。何でもサムギョプサルを6人で食らうという。一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜しか食べていない私は、何とハイカラなものを食べるのかと多少怯んだが、サムギョプサルなど日本語に訳せば所詮は三枚肉。見知らぬ地域の食べ慣れぬ料理とはいえ、咀嚼して嚥下すれば皆平等だ。もし口に合わなければイチギョプサルかニギョプサル田原君に渡せばよい。彼は食べることに関してサトゥルヌスより遠慮がないものと喧伝している。

 前日夜、突然にネクタイをして来いという「同僚」からのお触れが回った。三枚肉とはそこまで高級品なのかと再び面食らったが、どうやら「同僚」がネクタイフェチであるというだけのことらしい。そうであれば問題はない。当日、私は唯一知っている結び方であるセミ・ウィンザー・ノットをパブロフみたいに喉仏に垂らし、少し早めに仕事を上がり、指定された場所付近へと凱旋した。

 指定された付近を20分ほど散策しているうちに、5人、10人と同じような女性に出会う。そうすると、すべての人が本日の合コン相手に見えてくる。そうしてあたかも5人10人の女性を相手にするかのように錯覚してゆき、次第に私は不安に苛まれた。しかしよく考えれば相手は3人と決まっているはずなのだ。あの人かもしれん、この人は違いそうだと値踏みするうち、心に芽生えた自惚れの塊が相手の姿形を増幅させ、そうして結局虚飾で固めた自らを滅ぼしにかかっているのである。質量のない自分を質量のない女性たちが押し潰す。エコフレンドリーな自爆テロである。だがこれでは始まる前から負けている。相手は同じことを考えているはずがない。5人、10人と男性に出会ったとて、その男性たちがネクタイをしていなければ男性たちの姿形が増幅することはないのだ。服装の指定が与える開戦前の影響。さっそく私は相手の策謀に嵌ったのである。

 指定時間5分前。時は満ちた。大阪の街でホバリングとゴーアラウンドを繰り返していた私は、セミ・ウィンザーのディンプルを整え、謙虚に店の階段を上り、降り、そしてエレベーターに乗った。

 後ろから女性2人が入店してきたが、私は挨拶もろくにせずトイレへと、やにわに遁走した。外を徘徊していると寒い。緊張もしている。彼女らはまだ赤の他人である。膀胱が先。女性は後。第一印象なぞ知らぬ。

 私が席に戻ったころ、田原君を除いて皆が揃った。田原君は少し遅れてくるらしい。ハッとした。これは彼の用いる永年巌流島戦法である。仕事に邁進しているアピールをするとともに、後から現れることで大物感を演出する手法は、男性最年少の彼にとって効果の大きいものである。彼もまた大勝負を打っているのかと感心していると、満を持して田原君が現れた。

 酔っている。

 かくして全員が集合、席の配置は
「元同僚」「後輩」「同僚」肉プレート
「私」「田原君」「先輩」
となった。
 もともとの知り合いである同僚と先輩、後から現れた田原君を中心に永久凍土のアイスブレイクが行われていく。

 なお、それぞれの女性の印象を簡略に述べると、「同僚」は全体の進行も考えてくれる良いお姉さんであった。ただし「先輩」と並んで司会進行的な立ち位置に終始したことと、私と離れていたこともあってあまり私と2人での話はなかった。次に「後輩」は俗にいう美人であったが、なんだか煌びやかな世界に棲まわれており、私とは接点のない人生を送っている方であった。最後に「元同僚」は同じ楽器を担当していたこともあるなど共通点もあり、また席も近かったが、主旋律以外のパートが2人いたところで有意なメロディーは生まれぬ。

 ここでイベントが訪れた。第1回 韓国風おにぎりを作ろうのコーナーである。手袋と具材付きご飯、海苔等が3セット渡された。だがここで問題が発生した。

 誰も作り方を知らない。

 こういう時に私は引っ込み思案であるので、目の前の「元同僚」に作ってもらった。元同僚も正解がわからないため、肉団子サイズからハンバーグサイズまで様々な大きさのおにぎりが並ぶ。奥ではおそらく「同僚」が米を丸めていたと思うが様子はよくわからない。

 ここで隣の田原君がイニシアチブをとった。米とボウルを手元に引き寄せ、カテーテル手術に挑む血管外科医のような面持ちで手袋をはめる。キュン。しかし次の瞬間、彼は力の配分がわからず、ネチャアネチャアという音を指間から出している。欠陥外科医であったか。暫く他人のふりをして横目で覗き見ていると、最終的にドスンと鈍器でトドメを刺したような音がした。ボウルには、雨後の圃場を耕した牛馬の蹄鉄の裏に張り付く泥塊のごとき、重く巨大なコメのオブジェが生成されていた。丸に近いがよく見ると手形がついている。あれは私でもちょっと食すのを躊躇う。

 開始20分。早くも我々は窮地に立たされているのであった。

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