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怪鳥にさらわれる

 桑田孝夫、志茂田ともるの3人で、象牙山へハイキングに来ている。
「ここは桑田君のおじいさんの近くでしたね」と志茂田が言った。
「ああ、小さい頃、よく近所の森や山に連れてってもらったなあ」桑田は懐かしそうに周囲を見渡す。
「秋に来たら、山菜とかもたくさん取れそうだね」わたしが言うと、
「うん、毎年、キノコとかワラビとか送ってくれるぜ」

 上空に黒い影が現れた。思う間もなく大きな鳥が舞い降り、桑田を鉤爪で掴んで去って行った。
「な、なに、いまの?!」ドキドキする心臓を抑えながら、わたしは叫んだ。
「あれはロック鳥ですね。まさか、この日本に生息しているとは思いませんでした」こんなときでも、志茂田は落ち着き払ったものである。
「食べられちゃうの?」
「いや、食べるつもりなら、その場でついばんだことでしょう。きっと、巣に連れ帰ったに違いありません」
「なら、探して助け出さなけりゃ」わたしは内心、穏やかではなかった。

「ロック鳥は岩山に巣を作るんですよ、むぅにぃ君。ここらで岩山といえば、象牙山の山頂でしょうかね。まあ、とにかく向かってみましょう」
 わたし達は山頂目指して登る。
 森を抜けると、そこは岩ばかりのところだった。
「この辺り?」
「たぶん、そうでしょう。むぅにぃ君、ちょっと大声で桑田君の名前を呼んでみてください」
 言われて、わたしはできるだけ大きな声で「桑田ーっ」と、声を張り上げる。
 遠くからかすかに、「おーい、助けてくれ」と声が返ってきた。
「崖のほうですね。さあ、行きましょうか救出に」志茂田の口調はいつも冷静なので、実は大したことではないような気がしてくる。
 実際は、とんでもないことなのだったが。

 ゴツゴツとした岩をいくつも乗り越え、ようやく崖までたどり着く。そこでわたしは、もう1度桑田を呼んでみた。
「桑田ーっ、元気にしてるー?」
 崖の下から返事が返ってくる。
「取りあえず元気だが、周りにいる雛たちがうるさくてかなわねえ」
「よかった。元気にやってるってさ。ほら、見て。下のほうに岩棚があるよ。あそこに巣があるみたい」
 見れば、雛たちに混ざって、桑田が巣に押し込められていた。
「どうやら、自分の雛と間違えて連れてこられたようですね」と志茂田。「どうやら、親鳥はどこかへ行ってしまったようです。助けるなら、いまのうちですよ」

「でも、どうやって降りていくの? あそこまで、けっこうあるよ」とわたしは困って志茂田の顔を見る。
「万一のためにロープを持ってきておいてよかったですよ」志茂田はリュックを下ろし、中から頑丈なロープを取りだした。「これをそこの木に縛りつけておりましょう」
 志茂田はロープを着に固く縛りつけ、ロープを崖下に垂らした。
「桑田くーん、ロープは届きましたか?」志茂田が大声で呼ぶ。
「ああ、届いたぞ。登っていくから、引っ張ってくれ」
 ロープがピーンと張った。桑田が登り始めたらしい。
「さあ、むぅにぃ君、一緒に引っ張ってください」
 わたしと志茂田は懸命になってロープを引っ張った。
「桑田って、体が大きいから重いよね」汗を垂らしながら、わたしは愚痴る。
「まったくです。鳥にさらわれるなどという大失態をしでかして、本当に迷惑な男ですよ」志茂田も手を白くさせながらロープを引っ張った。

 やがて、崖の縁から桑田が姿を見せる。わたし達は手を貸し、桑田を引き上げるのを手伝った。
「やれやれ、助かったぜ。ありがとうな」
「それにしても、なんで桑田なんかさらったんだろう」わたしは疑問を口にする。
「頭がもじゃもじゃだから、雛と間違えたんでしょう」とは志茂田の見解だった。
「ったくひでえ鳥だぜ。あ、また戻ってきた。もう、さらわれるのはごめん。とっとと逃げるぞ」
 桑田の言う通り、ロック鳥ははるか彼方から巣を目指して飛んで来る。桑田を見つけたら、また連れ去るに違いなかった。
 わたし達は見つかりにくいよう、森の中を行くことにする。

「あれはロック鳥といいましてね、マルコ・ポーロによれば、『東方見聞録』のなかで、マダガスカルにいたことになっていますよ。それから、ほら。有名なところでは『千夜一夜物語』。あのなかでも、シンドバッドが遭遇していますね」
「まさか、あんなばかでかい鳥が日本にいるとはなっ。いやあ、まいった、まいった」
 よく見ると、桑田の背中には巨大な羽毛が1枚、貼り付いていた。雛の羽毛らしいが、それでもウチワくらいの大きさがある。
「聞くところによりますと、ゾウを3頭ばかりわしづかみにして運ぶことができるらしいですよ」と志茂田が付け加えた。

「ああ、それくらい朝飯前だろうな。雛でさえ、そのゾウくらいでかかったもんな。おれはてっきり、エサにされるのかと生きた心地がしなかったぜ」
「でも、まあ、食べられなくて本当によかったね。たぶん、あんまりおいしくなかったと思うけど」わたしは憎まれ口を叩く。
「ばかいえ、おれは脂がのっていてうまいんだ」売り言葉に買い言葉で、桑田が返してきた。
「だったら、もう一回、下に行ってみる?」わたしはそう言って笑う。
 ブルッと身震いをして、
「いや、こりごりだ。早く降りようぜ。ロック鳥なんて、もう2度とごめんだ」
 肩をすくめ、急ぎ足になるのだった。

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