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チャクラを開く

ネットで面白そうなサイトを見つける。

〔あなたのチャクラを開いて、第3の目を手に入れよう〕

瞑想に関するサイトだった。
 あぐらをかいて目を閉じ、へその上辺りに意識を集中させる。するとチャクラが開き、第3の目が現れるという。
「面白そう。ちょっと試してみようっと」わたしはスピリチュアルなことが大好きなのだ。

座布団を敷いてその上に座り、左足を右足の上に載せる。いわゆる半跏趺坐の姿勢というやつだ。
 最初は足が痛かったが、すぐに気にならなくなった。
「第3の目って、つまり第六感が鍛えられるってことだよね。ひょっとしたら、超能力とか身についちゃったりして」
 目を閉じ、へその上に意識を集中させる。初めの10分は雑念ばかり湧いて、瞑想どころではなかった。夕ご飯はなんにしようかとか、夜の7時からは「本当にあったかもしれない恐い話」があるんだった、絶対に見逃せないな、とか……。
 不思議なもので、さらに10分ほど姿勢を保っていると、だんだんと意識が遠のいていった。
 ほんのりとへその上が暖かくなる。どうやら、チャクラが開いてきたようだ。

どれくらい経っただろうか。足がしびれてきたのと、再び雑念に捕らわれてきたので、もうやめることにした。
 果たして、第六感は鍛えられたのだろうか。心は落ち着いたようだが、開眼した感じはなかった。
 そっと、目を開けてみる。なんとなく部屋の中の見え方が違って感じられた。まっすぐ前を見ているのに、どこか寄り目を作っている気分。
「これがつまり、『第3の目』というやつかも」ちょっぴり期待してしまう。
 急に鼻の頭がむずがゆくなった。指で書いた途端、
「痛っ!」鼻の頭に何かできものができているらしい。
 洗面所に行って鏡を見た。びっくり仰天して、あやうく腰を抜かしそうになる。
 鼻の頭に、文字通り「第3の目」ができていた。

「ふつう、第3の目って額にできるもんだけどなあっ」鏡の中の自分に向かって、文句を言う。鼻にできた目は、パチパチと瞬きをした。
 額に目ができてもえらいことだが、それが鼻の頭と来た日にはえらいを通り越して、はっきり言ってみっともない。
「どうしよう。まさか、本当に『第3の目』ができるなんて思わなかったよ」
 試しに左目、右目、鼻の目と順番につぶってみた。どれも、ちゃんと機能している。
 これって、なにかの役に立つのだろうか。

こういうときは、志茂田ともるに相談してみよう。友人の中では数少ない知恵者なのだ。
 わたしは、マスクを付けて鼻が隠れるようにして外に出る。コロナ禍というご時世、まことに都合がよかった。
 志茂田の家に行き、チャイムを鳴らす。
「どなたですか?」インターホンから志茂田の声が聞こえた。
「志茂田-、ちょっと困ったことになっちゃったんだけど」
「おや、その声はむぅにぃ君ですね。ちょっと、待っていてください」
 すぐに志茂田がドアを開ける。
「また、体重が増えましたか?」のんきにそんなことを聞いてくる。
「そんな、しょっちゅうダイエットに失敗してるみたいに言わないでよ。むしろ、そっちのほうがどんなに良かったか」わたしは情けない声を出した。
「まあ、入ってください。それから話を聞きましょう」

居間に通され、コーヒーとケーキが出される。
「リバウンドじゃないというのなら、いったい、どうしたというんです?」と志茂田が聞くので、わたしはしぶしぶマスクを外した。
 てっきり驚くかと思ったが、それどころか、大笑いを始めるではないか。
「あはは、なんですか、その鼻はっ」
「笑い事じゃないでしょ。鼻に目ができちゃったんだよ?」わたしはムキになって抗議した。
「これは失礼しました」そう口で言いながらも、喉仏がゴロゴロと揺れている。「いったい、どういう経緯でそうなったんですか」

そこで、わたしは説明し始めた。とあるサイトを参考に瞑想を行い、終わってみたらこんなことになっていた、というあらましを。
「ははあ、チャクラが開いてしまったというわけですね。それで、第3の目が出現したと。なるほど、なるほど。よく、わかりました」志茂田は納得したように顎をしごいた。「ふつうは額に目が開くものなのですが、どうしてあなたは、いつもそう、人とズレたことばかりするんでしょうかねえ」
「どうにかならないかなあ」困り切って、志茂田にすがりつく。
「チャクラが開いてそうなったというのなら、チャクラを閉じればいいんじゃないでしょうか」実にあっさりと答えるのだった。
「閉じる? どうやって?」
「もう1度、瞑想をしてごらんなさい。今度は、チャクラが閉じるところをイメージするんです」

言われたとおり、半跏趺坐になって目を閉じた。へその上の辺りが、今度はひんやりとしてきた気がする。
 10分ほどそうしていると、さっき志茂田に笑われたことも、鼻の頭に目があることも忘れてきた。
「はい、いいですよ、むぅにぃ君。さあ、目を開けてください」志茂田の声にハッとして、われに返る。
「鏡、見ていい?」わたしは立ち上がった。
「どうぞ、どうぞ。流しにありますから、ご自分で確かめるといいですよ」
 洗面所へと駆け出すと、おそるおそる鏡をのぞき込む。ぺちゃんこの鼻のてっぺんに目はついてなかった。念のため、横顔もチェックしてみたけれど、余計なところに余計なものは見当たらない。
「ああ、よかった。第3の目なんて、もうこりごり。2度とチャクラなんか開くもんか」
 心の中でそう誓うのだった。

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