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プリンの風呂

 夜の浜辺を散策していると、丘の上に古い寺が見えてきた。
「ハハーン、あれがマフィアのアジトだな」ピンと来る。昼は住職をしているが、夜になるとこの界隈を取り仕切る、闇の帝王なのだ。
 わたしは好奇心を抑えることができず、丘へと通じる小路を登っていった。

 広い庭園はヨーロッパ風。まるで作り物のように刈り込まれた植木が、幾何学的にどこまでも続いている。
 広場の中央には噴水があって、その縁に数人の男女がだらしなく腰掛けていた。
 彼らはみな、頭からすっぽりとビニール袋をかぶっている。ビニール袋は透き通った青い水で満たされていて、時折、怪しげにぼーっと光を発した。

 溺れてしまわないのだろうか、とわたしは心配になる。けれど苦しむどころか、すっかり陶酔しきっているらしかった。
 一種の麻薬だろう、と確信した。売りさばいているのは、もちろん、あの住職に違いない。

 本堂へやって来た。洋風庭園の中で、ここだけが純和風の佇まいだった。実に異様なコントラストである。

「こんにちはーっ」わたしは大声で呼んでみた。
 戸がすうっと開き、小太りな老人が顔を出す。
「ほい、何かな?」赤いガウンに赤いナイト・キャップをかぶって、まるでサンタクロースのようないでたちだ。
「あの、こちらにマフィアのボス兼住職がいると聞いてやって来たのですが……」わたしは単刀直入に尋ねた。
 相手は顔をぱっと輝かせ、
「あ、はいはい。それ、わしです。海の水が塩っ辛いのと同じくらい、そいつは確かなことですわ」と答えるのだった。

 わたしは丁重に招き入れられる。
「いやあ、はっはっは。表にいる連中を見ましたかな? あの青い液体は、わしが開発したんですわ。けっこうな値段でさばけましてなあ。しかも、毎晩、買いに来てくれるんですわ。おかげで、ほれ。このような庭園も作ることができたんですよ」

 住職は、わたしに風呂へ入るよう、しきりに勧めた。
「わしのとこの風呂はいいですぞ。とにかく、入ってごらんなさい。必ず、満足すること間違いない」
 そんなに素晴らしいのならぜひ、と入らせてもらうことにしよう。

 「湯」と書かれたのれんをくぐると、そこは露天だった。ごつごつとした自然のままの岩を無造作に並べ、ゆったりと広い。
 月明かりが湯を黄色く染め、風が水面にしわを刻む。
「へえ、なかなかじゃないか」わたしはザブンと湯につかった。とたんに、それがすべて、プリンでできていることに気づく。「おおっ、すごいな、この風呂っ!」

 両手で救って、すすってみた。上質なプリンだった。空を見上げて湯を楽しみ、ときどきプリンを口に流し込む。こんな風流な時を過ごすのは何年ぶりだろう。
 のれんの向こうから、住職の声がかかった。
「カラメルをバケツに汲んできたぞい。熱かったら、こいつで薄めるといい」

 月はゆっくりと雲間を駆けていく。
 

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むぅにぃ

こんにちは、むぅにぃと申します。 いつも空想ばかりしています。 眠ることが大好きで、必ず夢を観ます。 夢はいつもリアルで、総天然色3DMAX(@^○^@)匂い・味付き! ドビュッシーが大好き。
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