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自分を信じると言うこと・2

私は、初めましても、初めての場所も多分平気だなぁと気が付きました。


ただ、積み上げることが出来ない。

学校でもその他でも。


通い続けることで、やがて積み上がっていく何か(関係性。友達とか、先生との、とか)を積み上げることができなくて

やがて、自分だけがスタート地点に居続けていることに気がついて

パトラッシュ、僕もう疲れたよ

に、なります。


積み上げる努力をしたこともあって
それはそれでちゃんと報われています。

けれど、それだけ。

報われている
と、いうだけ。


死なない生き方だなぁと思います。


辛いを、辛くないに。
イライラを、イライラしないに。


子供の時分に、いろいろな食材を食べないと、その美味しさは大人になってからではわからない
って聞いたことあります。


私、子供の頃、薪のお風呂だったんです。
お風呂を焚くのは子供の仕事。

薪の燃える匂い、炭の燻る匂い
を、当たり前に嗅いでいた生活。

の中で、今、タバコが灰皿で燻っている匂いに気がつくの、私だけなんです。
それに似ていて

心地良い
とか
ワクワクする
とか



同じで、ある程度の「体験」がないと


解らない


のかもしれないなって


最近思うようになりました。


初めてのことや、美味しいもの、綺麗な景色、お金を使うこと(笑)


そりゃあ、ワクワクしますよね。
ドキドキもします。


使い慣れない金額、入り慣れないお店は
怖かったり。


でも
それらの
怖いもワクワクも


案外これまでの生活や人生で作られてきた
「自我」や「健在意識」が

ワクワク
ドキドキ
怖い

って、思っているんじゃないかなぁって
ふと、思ったり。

じゃあ、何をしたいの?


本当の自分とか
本当にやりたいこと

って


滅私


して、初めて出てくるのかもしれない
と、今、感じてます。


顕在意識は

これまでの学習で作られたモノで
つまり
固定概念や思い込み
によって形成されているのかもしれなくて

それらを全部剥がす壊すをするということは

滅私


なのじゃないかなぁ、と。


でも、やりたくないですよね。
なんか、イヤじゃないですか。


5番目のサリー
は、最後、あまり抵抗せずに5人の自分を統合しました。
もちろん、自分が消えていくことへの怖さも書かれていましたけれど。


心地良い

わくわく

実はとても

静かな感情

なのかもしれない
って、思います。

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