夕暮れとツバメ

バイオリンが鳴り響いている。コロッケパンを食べた。毛布に包まってもう一度寝ようと試みるが、寒さで目が覚めてしまう。朝だ。大好きなロックの曲があった気がするけど、とっくの昔に全部忘れた。なんとなく思い出せるのは童謡だけ。赤とんぼがどうしたとかいう歌。寝転がって、別にやることもなし。起き上がって、別にやることもなし。ただただ、日が過ぎるのを待っている。こうしている間にも日が暮れ、一日は終わり、一年は終わり、そうこうしているうちに俺の人生は、炭酸水の泡のように跡形もなく消え去っていくだろう。だからといってコロッケパンがうまいことには変わりはないし、新しさを受け入れなければならない理由もない。コーヒー牛乳を飲んだ。皮肉的な笑みを浮かべた。

俺はいつもの肩掛けかばんを持ってアパートのドアをあけた。自宅から徒歩10分の弁当屋へ向かう。4万8千円のアパートに一人暮らし。昔は音楽をやっていたが、いまは押入れの中。最近入ったかわいいアルバイトの女の子は、同じ大学に通うお笑い研究サークルの眉毛のつながった中肉中背の男にメロメロらしい。せめて、絵に描いたようなボンボンの美男子であればよかったのにと思った。

今日はシャケ弁当がよく出た。ごはんの上にちくわとシャケ。シャケのとなりに昆布。コーナーに高菜。のり弁当に次ぐ定番メニューだ。しかし俺は一度もシャケ弁当を食べたことがなかった。昼食として、どの弁当でも200円で食べることができたが、いつもアパートに帰る道沿いにあるコンビニエンスストアで弁当を買って食べていた。

その弁当屋は駅前の大通りに面していて、昼にもなるといろいろな人たちが通りを歩いているのが見える。どの顔も疲れきっているように見えた。なにか大きな力に動かされ、だんだんと削りとられていく。認めることも反発することもできず、灰色の河の中で、行くあてもなくただ流れに身を任せているように見えた。たくさんの敗北が目の前をよぎっていった。そして間違いなく自分もその中の一人だった。ご飯をよそぐ、いつもと同じ量。いつもと同じ量をついでいるのに、大きな声で怒鳴られる。こんなに怒鳴られるのは、会社員として昼夜を問わずがむしゃらに働いていた二十歳のころ以来だった。ついでいる量が多いというのだ。ちなみにご飯の横のコーナーに入れる高菜の量は少ないといわれた。気分なのだ、気分。今日の天気は曇り。雨が降りそうだけど、まだ降ってはいない。日の差し込まない弁当屋で、とうてい了承できないような理由により怒鳴りつけられながら、ただ時間が過ぎるのをまっていた。

午後三時。今日の作業は終わり。変わりのアルバイトが入ってきた。冬休みの間だけ働くらしい。店の外にでる。寒い。思わずパーカーのフードをかぶる。吐く息が白い。駅の方に歩き始めた。半年前からこの弁当屋で働いている。朝は眠いけどもう慣れた。それよりなにより、この先の人生にどんな希望も見出せないのがつらい。どこまでも続く曇天のよう。音楽が何かの解決になると思っていた時期もあったし、実際に何かの解決に役立ったことがあった気もするが、いつからか、何もかも馬鹿らしくなって、じたばたするのをやめた。

夕方、昔買ったジャズのCDをかけてみた。ジャズなんて英語で何を言っているかわからないし、リズムもはっきりしないから、よくわからないし嫌いだったけれど、誰かの主義主張がありありと聞こえてくる日本人の音楽を聴く気にはなれなかった。だんだん日が暮れてきた。別に行くところもなし。近所のコンビニでパックのコーヒー牛乳と弁当を買った。テレビがないので、CDプレイヤーから静かに音楽が流れていることを除けば静かな、そしてなにもない部屋だ。弁当を食べる。味気ないけど嫌いではない。色彩豊かな世界では色を探すのが難しくなる。コーヒー牛乳を飲んだ。寒い。暖房をつけよう。いつか終わりがくるのか。そのときまでせめてこのコンビニ弁当の味を忘れないでいたい。それができれば、ぎりぎりのところで俺の人生は勝ちだといえるかもしれない。ジャズのCDが最後の曲を終え、とまった。窓を開けた。車が行き交っている。誰かの話し声が聞こえる。ツバメが低く飛んで、ビルの向こうへ見えなくなった。今朝方からの曇り空、少しだけ晴れたような気もするが、気のせいかもしれない。冷たい風が流れ込んできた。

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麦畑飛魚

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