ポリ袋

藤沢アキラは高校卒業後、地元の会社に就職しサラリーマンになった。一人暮らしも始めた。うまくいくことばかりではなかったが、思ったよりも社会に溶け込むことができた。ギターは高校を卒業してからも少しずつ続けており、なんとか一通り主要なコードが弾けるようになった。泣きながらFも弾けるようになった。次の課題はあきらかに自分の歌を作ることであった。

ある日、藤沢はこう考えた。せっかくのオリジナルソングなのだから、ありきたりなやつじゃなく、普段の生活から滲み出てくる思いや、ある瞬間の感情を切り取ったような、そんな歌にしたい。

また、藤沢は続けてこうも考えた。例えば世の中にはわからないことがたくさんあるわけだから、わかるということよりも、わからないということにフォーカスした歌があったら面白いのではないか。ただわからないということを歌った、それだけの歌。いやでもまてよ。わからないことってそもそも何だろう。

考えているうちに藤沢はだんだん疲れてきた。夜遅くまで起きていて、明日の仕事にも響きそうだ。そろそろ眠らなくては。というか自分の考えを形にするのはこんなにも大変なのか。藤沢は、実家にいるときから利用していたパイプベッドに横になった。高校生の時に親に「これからのナウい男子はベッドだって。やっぱり」というわけのわからない理由で頼み込んで買ってもらったパイプベッドだった。

「あーあ、あー、めん、めめ、めめん」ふと、ひとりごとを言ってみた。誰もいない部屋に響いた。

天井を見上げる。なんだろう、ここからどうしたらいいんだろう……。藤沢はゆっくりと体を起こすと、さっきコンビニで買ったポリ袋からコーヒー牛乳を取り出して飲んだ。取り出すとき、ポリ袋がかすかにカサカサという音を立てた。藤沢はふとポリ袋を見た。

あ、そうだね。

そうかもしれない。これが俺とポリ袋の関係性の中でのポリ袋側の最後のささやきだったかもしれない。僕ののこと忘れないでね。もっと仲良くなりたかったよ。いつも雑に扱いやがってコンチキショー。など、いろいろとポリ袋側にも思うところがあったのかもしれないな。と一瞬思った。その次の瞬間、藤沢にイメージの稲妻が落ちて来た。そしてバッと次のフレーズが浮かんだ。

ポリエチレンの気持ち、わからなくってごめん。

あぁ、これだ。俺が歌にしたかった感情はこれだ。こっから一歩も外れてはだめだ、これをこのままサビにして歌いまくろう。そして歌「ポリエチレンの気持ち」が完成した。

いろいろなところで自信を持って「ポリエチレンの気持ち」を演奏した。声が枯れるまで歌った。女子高生やOLや、パンクロックが好きな人や、Jポップが好きな人や、洋楽が好きな人の前で声が枯れるまで、全身全霊で歌った。全然ウケなかった。

ありがとうございます。