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ネオ・ロマンチックラブイデオロギー


先日仕事の休憩時、雨が降り降り中庭で食事が出来ず仕方なく、休憩室に赴いたところたまたま休憩時間の重なった同僚のおタケちゃんとご相伴、おや奇遇、なんつって彼女の隣の席に落ち着きまして、ふ、と横を見れば彼女わたしの読まないような女性雑誌を開いており、しかも覗いて居るページの内容ときたら『読者1000人に尋きました!ド・キ・ド・キ★わたしと彼のセックス事情』みたいな題名がまるまっちいフォントででかでかどうどうと羅列してあり、左下にちょっと可愛らしい少女漫画のような画風で男女のいやらしく絡み合った絵なんぞが挿してある。きや。なんてこと。近隣のお食事処の給仕やらコックやらの異性が所狭しと肩寄せ合ってぎゅうぎゅうと、音を立てて物を食べたりぐびりぐびりと液体を飲んだりくだらないテレビ番組なんぞをぼんやり観たりねちゃりねちゃりと囁きあったりわあわあわあなんつって大声で異国の言葉を口にしたりずっぱずっぱと煙草を喫んだりしている煩い臭い所でそんな破廉恥ィな記事を読んだらいかん!とやたら顔を赤らめて心添えてみると彼女白い目でわたしを見るもんだから、忠言耳に逆らうってやつかしらん、昨今の若人にゃあ真心ってモンが伝わらんと見るからげに悲しきかな、なんて思いながらも「その白いまなざしは何かね」と問うてみると彼女びすっとわたしの手元を指示し「車内や休憩室などの公共の場でそのような本を喜々として読む輩にそのような忠告を受けるのは甚だ心外である」と云うような言語を発し。己の手の中を見れば人差し指と中指に挟まれてちょこなんと赤松啓介「夜這いの民俗学・夜這いの性愛学」。何を云うかいこのこんこんちき、らっぱあげなす、ごまみそずい。凄いんだぞこの著書は。日本の性文化の深層心理に迫る誠を以って奇書なるぞ。何故ならこの著者の赤松さんと云う民俗学者、実際に御自ら夜這いを経験されておるのだぞ。これこそ正にフィールドワークではあるまいか。マイカ老師。良いでがすなこの頃の日本でこそわたくし生きて居たかったぞなもし、楽しそふ、がふッ、なんてこと休憩室でぺらりぺらりと詳しい内容、訊かれてもいないのに和顔悦色話していたら、いつの間にやら周囲の男性の視線独り占めしていて穴があったら入りたい心情。而してここは三菱地所の治める丸の内の近代的なビルの一角であって入る穴などそうそうは無く、取り敢えず席を立った自分はひゃあーなんつって髪振り乱し諸手を上げながら駅まで奔走、丸ノ内線飛び込んで一頻り車内を転げ回ってぶひぶひぶひぶひ、ひょぉー床冷てェーなんて叫んで居りますと今度ァ逆に乗客達も見て見ぬ振りで我関せず存ぜずなんて風体決め込むモンでございますから、なにサなにサ、全く以って一体全体詰まらねえヤロウばっかりじゃァないか、このお菊ネェさんに挑もうって云う気骨溢れる男はいないのかい?ってんで肩捲くって桜吹雪、腰に手を当て周囲を睨め付けてみましたがあほうあほうの閑古鳥、ってばかやろう、閑古鳥はあほうなんてェ鳴かねェよ、あァそうかいそうかい、じゃあいいわいな馬鹿って云う奴が馬鹿だわいなこのエンガチョ薬剤師ってんで帰ってきましたんですけど、都電。荒川区。

やーでもなんかこの本、普通に読んでて大層面白いから、もっと皆読めば良いのに。語り口とか絶妙なのになあ。著者ご本人のお話を直接拝聴出来たらどんなに楽しいひとときを過ごせたものか。うーん。合掌。

なんてって過去の夜這いっちゅう風習を読みに読んで詳しく知るに付け、当時のムラの生き方暮らし方なんてに思い馳せる訳ですけれども、セックスなんてモンはわたしにとっては気持ちがびっしり入り込まないと決して気持ち良く感じられないモノであって、だから夜這いを行う際は仮令その時一晩でも相手の人に熱烈に恋をして心から愛しもするんですよと云われましてもこちとら根っからの不器用者でございますればきっとそう簡単に大らかに恋愛を楽しんだりも出来ず、きっとあわあわあわってなって挙げ句にゃあにゃあにゃあぴぃッなんつってそらもう酷い有様体たらく。悉く醜態を晒しまくり見せまくり萎えまくり、そんなスキャンダラスにセクシュアル、で、尚且つデストロイな二時間半をご提供、と相成る事と思いますので、わたしなんては一人の殿方とめちゃりめちゃりひっそりと、快く楽しく性交出来ればそれでもう十分幸せなんでございましょうよ実際の話。しかし、シャンスをからくるってのは好い言葉だね。


※これは町田康に嵌っていた頃ですね
※文体がもろに影響を受けている
※『夜這いの民俗学』は本当に面白い書ですよ