マスメディアの曲がり角

第一章 記者会見 ②

企業の合併というのは、とかく突然に発表されて、その日のうちに、事情を説明するための記者会見が行われることが多い。勝手な憶測が飛び交う前に、公式見解を述べておくためだ。
今回の記者会見は、都内大手のホテルで行われた。
司会は、太平洋テレビジョンの永井が務めた。
事前に配られた配布資料によると、
①新会社名は、暫定的ではあるが、アポロテレビとなる。合併は1年後に行う。
②会社が一つになっても、それぞれが持っていたチャンネルはそのまま二つ残される。
という点だけが明らかにされていた。
太平洋テレビジョンの藤田相談役が、合併の目的や効果について説明した。
「ほんの少し前までは、テレビ局が合併することは、法律上とても難しかったという事情があります。マスコミとしての影響力が大きいので、言論の多様化を担保する必要がありました。しかし、インターネットの普及により、残念なから、テレビの影響力は相対的に低下しています。まして、広告収入の低下ぶりを考えれば、もはやテレビ局もマスコミとして残っていくために、色々な手段を講じていく必要が出て参りました。今やテレビ産業も右肩上がりで成長していくという保証は無くなりました。
ここにおられる記者の方々も、民放はどのチャンネルを回しても、同じような番組ばかりを放送していると批判されていたと思います。
それは当たり前のことで、例えば韓国ドラマがブームであれば、どこの局も韓国ドラマを放送します。ウチだけは違う路線で行こうと思うプロデューサーもいるのですが、結果的にブームに乗って韓国ドラマの放送をして視聴率を取れば、それが成果として認められるし、逆にウチだけは別の物をと考えて、全く違った番組を流して失敗すれば『今は韓国ドラマブームだということも知らなかったのか!』と叱責されます。そのため、各局とも同じような番組を流さざるを得ませんでした。
ですから、一つの会社が二つのチャンネルを持つようにすれば、片方で韓国ドラマを放送しても、もう片方のチャンネルでは全く違うターゲットを狙った番組を編成できます。つまり、どのチャンネルを回しても、同じような番組ばかり放送しているということは無くなり、放送内容が多様化して参ります。
今回の合併は、当社と東洋さんが一つになることで、番組の多様化を実現し、テレビ放送市場の活性化を図れると考えた結果です。」
司会の永井は「東洋テレビの加藤会長からも、ご説明をお願いします。」と話を振った。
加藤会長は何となく伏し目がちに「まさしく藤田相談役の言われた通りです。それと、テレビ局ごとに、ジャンルによって、強み、弱みがあります。当社と太平洋さんが一つになることによって、お互いの強みを生かしあって、より充実した番組をお届けできるようになります。」と説明した。
永井は「時間が限られておりますので、質問のある方は挙手していただいて、どこの記者さんかを名乗られた上で発言して下さい。」と言った。
「はい、そちらの方。」
「青空新聞の北畠と申します。民放キー局が合併する理由は分かりました。ただ、系列の地方局はどうするんですか?了解されているのでしょうか。」
その質問には藤田が答えた。
「皆さんは、系列、系列とおっしゃっていますが、それぞれ全くの別会社です。ニュース協定を結んでいるだけの話なので、地方局の了解がマストではないと思っています。」
「いや、そうおっしゃいますが、全国ネットを放送するためにも、系列地方局とのアライアンスを組んできたのだと理解しています。ゴールデンなどでは、系列局が揃って同じ番組を放送していますから、今さら別会社だと言われても・・・。」
「確かに、そう見えるかも知れません。でも、チャンネルは二つ残りますから、そうしたディストリビューション的な話が画期的に変わるとは考えておりません。」
その後、いくつかの質疑が繰り返される中で、やや飽きてきた内田は杉原に囁くように「何で、相談役やら会長なんでしょうね。こういう会見って普通は社長の仕事じゃないですか?」と言ったが、杉原は人差し指を口に当てて、「シー、静かに。俺たちの出番は今じゃない。」と諭した。
ところが、内田は疑問に思ったことは聞かずにはいられない性格なので、先輩の話を最後まで聞かずに挙手してしまった。
司会の永井が指すと、内田はいきなり、「週刊リベラルの内田と言います。両社とも社長の姿が見られませんが、社長はお飾りで、本当は相談役や会長が全てを仕切っているということですか?」と聞いた。
その瞬間、藤田は永井に目配せをして「放り出せ!」と合図を送った。
永井の命を受けたガードマンが、周囲の人たちに目立たぬよう、それとなく自然に内田と杉原を会場から退席させた。
外に出て、杉原は「手を挙げる前に、俺に相談してくれよ。どんなに当たり前のことでも、そこには触れちゃいけないことって、あるんだよ。」と内田に言った。
内田は「そうですか。だけど、変ですよねえ。最高経営責任者があんなお年寄りなら、放送内容の多様化とやらも、たかが知れていますよね。」と反省の色すら無いかのように答えた。
「そういう世界なんだから、あんな質問をするなよ。あれじゃ、追い出されたって、取材妨害だと主張することも出来ないぜ。先方が正しいよ。」そう杉原は言った。
ただ、あんな記者会見を聞いているだけでは、リベラルに載せる記事は書けないことは確かなので、心底から怒る気もなかったが、今後も引き続き内田には手を焼くことになりそうで、やれやれと思った。
いずれにせよ、リベラルの雑誌で採り上げるのなら、黒井が納得してくれる記事を書くためにも、もう少し周辺の事情から洗い出すべきだ。
どうもオープンにされていない何かがあるような気がしてならなかった。合併の理由についての説明も怪しいものだ。
とは言え、最後まで聞けなかったままでは仕方ないので、杉原は二、三日したら、青空新聞の北畠を訪ねてみようと思った。どうせ編集長が急ぐネタでないことは承知しているので、その気にさせるまではコツコツとやるつもりでいた。
それを内田に話すと、驚いた顔をして「青空新聞っていったら、報道のライバルじゃないですか。そのライバルのところに情報を取りに行くんスか?」と言うので、返って杉原は愉快そうに答えた。
「あんな場で、あんな大胆な質問をして、つまみ出された奴がよく言うよ。途中で出されました、なんて黒さんに言えるか?
それに、あの後の展開だって、気になるじゃないか。青空新聞の北畠さんとは昔馴染みだから、そのくらいは教えてくれるよ。それと、何よりウチの雑誌と青空新聞の記事とでは、情報の扱い方から何から、全く次元が違うから、少なくとも先方はウチのことをライバルなんて思ってもいないさ。
それより、この後は、タレントのAKEMIの不倫ネタを取りに行くんだけど、一緒に来いよ。お前だけ早く帰ると、つまみ出されたことがバレて、それこそバイトのクビも危なくなるぜ。」
内田は「テレビ局の合併の続きが、AKEMIの不倫スか。何だか、落差が大きいスね。」と言って、ため息をついた。
「それがウチの雑誌の売りでもあるんだよ。いいからサッサと済ませて、軽く一杯やって、帰ろうぜ。」
そう言って早足で地下鉄の改札口に向かう杉原の後姿を見ながら、内田は返す言葉もなく、全身の空気を吐き出すほどのため息をついて、トボトボと改札に向かった。
自分達が追い出された後の記者会見の場で、さらなる舌戦が繰り広げられていたことを、二人は知る由もなかった。

(つづく)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?