マスメディアの曲がり角

第一章 記者会見 ①

「おーい、バイト!お前、杉原と一緒に、これに行ってこい。」
週刊リベラル編集部デスクの黒井が、一枚の紙切れを紙飛行機にして飛ばした。
(どういう渡し方だよ)そう思いつつ、内田は「僕の名前はバイトじゃなくて、内田だって何度も言っているじゃないスか。ちゃんと実績を積んで、正社員になるべく頑張っているんスから。」と言い返した。
黒井は聞く気も無いといった様子で、何か別の原稿に目を通しながら言った。
「杉原とその記者会見に行ってくれ。」
内田は、紙飛行機と化した紙切れを元の姿に戻し、中身を読んでみた。
「へー、テレビ局の合併ですか。こんなネタ、俺でいいんスか?」
「誰も、お前一人で行けとは言っていない。それと、別にたいしたネタじゃない。何か、スキャンダルでも掘り起こしてくれば別だけどな。」
そう言って初めて、黒井は顔を上げて、ニンマリと笑った。
内田のことをいずれ正社員にしようと、週刊リベラル編集部でバイトさせることにしたのが、学校の先輩の杉原だった。
ちょうど、そこに杉原が別件の取材を終えて帰ってきた。
杉原の姿を見かけた内田は大声で叫んだ。
「杉原さーん。ちょっと、ちょっと。」
杉原は小走りで寄ってきながら、「内田、俺を犬でも呼ぶように、呼びつけるな。」と言いながらも、不肖の後輩でもあるせいか、顔は笑顔であった。
「杉原先輩、すごいですよ。テレビ局が合併するんだそうで、それを俺と杉原先輩が担当することになったんス。これで、いよいよ俺も正社員だな!」
そう言って破顔の内田に、黒井は「おい、バイト。テレビ局が合併したからって言って、ウチの雑誌が売れるのか?ウチは経済誌じゃないんだよ。欲しいのはスキャンダル!何度言ったら分かるんだよ、阿呆。」と無表情で言いながら、「杉ちゃん、阿呆の指導も兼ねて、それに行ってきてよ。ついでに、阿呆にウチの雑誌の何たるかを教えてやってくれよ。」と続けた。
杉原は、一度は紙飛行機になったとは知らず、妙にグシャグシャした紙を見ながら「テレビ局が合併ですか。それも東京キー局が。何か、ありそうですね。ただ、デスク、内田は阿呆ですけど、問題意識の持ち方は正しいと思いますよ。だって、マスコミの雄の話ですから。それが合併とは驚きましたね。」と言った。
黒井は全く興味すら無さそうな態度をありありと見せながら「まあ、いいや。とにかく、欲しいのはスキャンダルだからな。下ネタがセットになったら、雑誌は飛ぶように売れるぜ。そこを探ってくれよ。バイトだけに任せておいたら、一周遅れの経済記事にされかねないからな。そんなものを、ウチがやったって、誰も読まないってことを、先輩として指導してやってくれ。」と言い、再び、手許の原稿読みに戻った。
隣合わせの席に戻った内田と杉原は、17時からの記者会見に向かうに当たって、簡単なやり取りをした。
「先輩。黒井さんって、雑誌が売れさえすればいいんですかね?やれ下ネタだ、やれスキャンダルだ、今週号のグラビアアイドルはイマイチだとか、そんなのばっかりじゃないですか。」
「まあな。でも雑誌が売れないことには困ることも確かだぜ。それこそ、お前のバイト代だって、雑誌が売れるかどうか次第なんだから。正社員を目指すんだったら、黒井さんを敵に回すのは得策じゃないな。」
「でも、テレビ局の合併ですよ。俺からすると、大ネタですよ。」
「お前って、そんなにテレビを見るの?そもそも、太平洋と東洋って、どんな番組をやっているか知っているか?」
「うーん。今どきは、何チャンネルで何をやるかですね。何チャンネルがどこのテレビ局かなんて、あまり関係ないでしょ。」
杉原は少々失望しながら言った。「だから、そんな感じだろ。太平洋が何チャンネルで、東洋が何チャンネルかも知らないで、大ネタも何も無いじゃないか。」
「まあ、確かに。でも、すごいことスよね。」
「俺は、下ネタとスキャンダルで食っていこうとは思わない。テレビと新聞が癒着しているのが、日本のマスコミだから、そこに何か隠れた事情があるとしたら、まさにウチならではの切り口で、読者をアっと言わせたいね。もう時間も無いし、とりあえず行ってみようや。」
週刊リベラルの立ち位置は微妙である。新聞系ほど堅苦しくはないし、エロ雑誌としか言えない週刊誌とも違う。その中間的な存在である。
黒井がデスクになって以来、ややエロ雑誌的傾向が強まっているが、結果的には部数が善戦しているのは確かだ。
ただ、杉原としては、テレビや新聞とは違った切り口で、週刊リベラルらしいカラーを築いていきたいという気持ちは人一倍強い。黒井と衝突することも多いが、とりあえず他の部署に飛ばされずにいるし、黒井路線で販売部数が伸びているからこそ、自分の思いを実現する余地が残されていることも承知しているので、正面から喧嘩をする気もなかった。

(つづく)

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