トリスメギストスの秘術

真田鰯です。劇団無国籍の人間でも三角フラスコの人間でもありませんが、合同公演を脇 の方からちょいちょいと手伝っています。
無国籍さんも三角フラスコさんも大先輩です。そんなに大きく年齢は変わらないのです が、私が大学 1 年生のときにはすでに 2 団体とも劇団を旗揚げして、当時あった仙台の演 劇祭でもドカドカと作品を発表していたので、いつまでも大先輩です。
三角フラスコさんは 21 歳のときに客演して以来ずっと、俳優としての技術を研究するた めの実験場として、多くの作品でいろいろ試させていただきました。「仮説を立てて検証す る」の繰り返しです。たくさんの演出家の方とお仕事をさせていただきましたが、三角フラ スコさんの稽古場、もとい実験場は、どこよりも多くの学びがあります。出来上がった作品 をみると「奥行きのある静かな」という印象を受けますが、稽古場での作業は「混ぜてはい けなさそうな薬品もとりあえず混ぜて、何が起こるか試してみちゃう」という錬金術の黎明 期のようなものです。
いろいろやりましたが、いつも根底にあるのは「観客の想像力をどこまで大きくはばたか せることができるのか」みたいなことについての研究でした。

無国籍さんとは「せんだい卸町アートマルシェ 2019」のときに、ご一緒しました。私の 一人芝居『パッヘルベルのカノン』と、劇団無国籍『山羊のイケニエ』が同時上演でした。 台風の影響で 1 ステージしか上演しなかったというレア公演。無国籍さんが終わった直後 に自分の芝居が始まるので、レア公演の本番は見ることができなかったのですが、楽屋で台 詞を合わせているのだけ聞いて「え?なにこれ、めっちゃ面白いんだけど」ってなりました。
『山羊のイケニエ』は、シンプルに言うとスケープゴートの話でした。国際的な競争力を すっかり失った未来の日本では、東アジアのかつて発展途上国だった国に出稼ぎにいかな ければ生活できないという状態まで落ち込んでいます。ついこのあいだまで先進国だった 日本人は、出稼ぎ先の外国でも平然と差別的な発言を繰り広げていますが、その実、現地民 からは「落ちぶれた後進国日本」からの出稼ぎ労働者として蔑まれています。おおまか、い まの日本人が外国からの技能実習生に対してとっているのと同じ態度をとられているわけ ですね。
象徴的に語られるのが、日本人が雇ってもらっている現地民に対して発する「あいつらに ブラウニーの味なんてわかるわけないだろ」って台詞です。ちなみに登場人物たちは工場で ブラウニーをつくっています。良い台詞です。日常に当たり前のような顔をして滑り込む、 絶妙な差別的発言です。
ちなみそのとき私が上演していた『パッヘルベルのカノン』は、戦後に朝鮮半島から引き 揚げてきた、外国人への差別たっぷりのヘイトおじいちゃんのお話でした。「シリーズ 無 理解と不寛容」という、誰もみたくなさそうなシリーズの 1 作目です。なにをどう頑張って もイデオロギー的に受け入れがたい死にかけのおじいちゃんが、最後の生命力を振り絞っ てガパオライスを食べ進む先で、観客が孤独な彼の苦悩を分かち合わずにはいられないという作品です。 そのとき思ったのは、私が演じるヘイトおじいちゃんも「あいつらにブラウニーの味なん
てわかるわけないだろ」って言ったらおもしろいだろうなってことでした。うーん、これを 言ったら時空がゆがむな。面白そう。どこに台詞をねじ込めば良いのかも考え、本番では、 ぎりぎりまで踏ん張りましたが、結局言いませんでした。「言ってる本人がちょっと動揺し そうだな」というのが一番の要因です。
まあそんなこともう気にしなくてもいいのですが、いまだに気にしてるわけです。
もう4年以上たってるのに!

今回の『ほの暗いお仕事』と『暗がりにほうる』は独立した二つの物語ですが、地面の下 で、樹の根が絡み合うように繋がっています。
見えないところで絡み合う二つの物語は、私たちの想像力の中で一つに結ばれ、特別な演 劇体験になることと思います。
手練れの錬金術師たちが魅せる、闇の中で想像力をはばたかせる魔法のような時空間を、 ぜひ劇場でお楽しみいただければ幸いです。私も楽しみです。

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