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サンタへのギフト

クリスマス前のことだった。
たまに家族で食べにいく庶民的な中華料理屋があって、その晩も妻と二歳の子供と一緒にその店に行った。

もうそろそろ食べ終わる頃になって隣の席に客が座った。どさっと腰を降ろしたその感じで大柄な人だなと思ったけど、腹が減っていたから脇目も振らず食べていた。ぼくの隣に息子、反対隣に新たに入って来た客という位置関係。

ふと気がつくと、息子が食べる手を止めて何か呟いている。
「え?」
聞き耳を立てると、
「…サンタ」と聞こえる。
「サンタ?」
「…サンタ」
今や息子は反対隣の客をもろに指差して、
「サンタ!サンタ!」
と連呼している。
ぼくは慌てて、
「すみません、うちの子がバカなこと言って…」
と言いつつその隣の客を見たのだが・・・

真っ白な天パーの髪

白人でいくらか赤みがかった肌

ジョン・レノンみたいな丸眼鏡の奥にブルーの瞳

口周りから顎一体を覆い尽くす白く立派なヒゲ

がっしりと厚みのある体に見事な太鼓腹

積もった雪を掻き分けて歩くのにうってつけのぶっとい脚……

上から下まで見て、また上に戻って顔を見る。

「…サンタ」
ぼくも思わず呟いていた。
向かい側で食べていた妻も、
「二人揃って何言ってん…」
と口をつぐんでから思わず言った。
「…サンタ」

ノーメイク、ノーコスチュームの普段着姿なのに、どこからどう見てもこれ以上の人がいないくらいのサンタ。キング・オブ・サンタなのだ。サンタもの映画のオーディションがあったら審査不要で主役に抜擢されるレベル。

サンタはピータンをつまみながら読んでいた新聞を置き、流暢な日本語で言った。
「…いやぁ、私ね、ほんとにサンタなんですよ(笑)」
「あははは」
ぼくも妻も子どもへのサービスだと思って笑った。でも、この状況でサンタだって言うのは逆に「子どもの夢を壊すな」とか言う人もいそうだ。息子は自称サンタの真贋を見極めようとでもしているかのようにまんじりともせず彼を凝視している。あいにく外で待っている客がいたのでそこで話し込むわけでもなく息子を連れて店を出てしまった。

お会計のために一人残った妻がサンタとまた話すことになった。こんなやりとりがあったという。
「そろそろクリスマスシーズンなんで忙しいんです。」とサンタ。
「え?!じゃあ冗談じゃなくてプロのサンタさんなんですか?」
「そうです。そろそろ営業で千葉とか東京とか一日で2現場、3現場と掛け持ちになってくるのでけっこうキツいんです。」
「おつかれさまです。でも子どもたちは喜びますよね。ほら、ただ変装しただけのにわかサンタさんと違って、それだけ本物っぽい方だと(笑)。」
「私ね、6人兄弟の長男で両親が共働きだったもので、自分が子どもの頃からずっと下の子たちの面倒を見させられて来たんです。」
「それはまた…大変でしたね。でも今もまたお仕事で…(笑)」
「そうなんですよ。よりによってこんな仕事についてしまってね。運命なのかな…」
「ええ、本当にそっくりだから…」

才能を指す英語に贈り物を指すgift(ギフト)を使うことがある。人の才能、能力の場合は、ギフトだからと言ってただ何もないところにプラスされるものではないだろう。戦後の焼け跡、闇市時代に少年でありながらプロの博打打ちとして過ごした本物の無頼派作家・阿佐田哲也(色川武大)は、「欠点を補うような形で切なく生まれてくるものがその人の長所だ。愛嬌のあるものに限るけれど、どこか生きにくい部分を大事に守り育てていくことも人間にとって大事なことだ。」というようなことを語っている。

ところで、ぼくの知っている占い師の女性はこちらが話す前から相談内容を知っているぐらいだし、「当てる」というより「知っている」レベルで完全に超能力者だ。おかげでなかなか予約をとれないほどの人気占い師として活躍しているけれど、自分の夫が今どこかで浮気していることまでわかってしまうのだという。能力というより感覚だから捨てることも使わないでいることもできずにつらいだろうと思う。

サンタの彼にとって子どもながらに兄弟の面倒を見なければならない体験はつらいものだったろう。そのような境遇に生まれついた我が身を呪いたくなることもあったのではないだろうか。サンタそっくりの風貌さえ、今でも人の注目をいたずらに集める忌まわしいものかもしれない。けれど、それが日々の糧を得るための仕事になり、それを通して人の役に立つ喜びをもたらしてくれる。また、幼少時のしんどい日課を通して身に付いた子どもたちとのコミュニケーションスキルは今の仕事にも役立っているかもしれない。

子守りをする役割を与えられて育ったこと、サンタそっくりの風貌に育ったこと、クリスマスという年中行事のある文化圏で暮らしていること、今サンタの仕事についていること、これは偶然なのだろうか。ぼくにはこの人の人生そのものが、本物のギフトのように思えるのだけれど…。

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