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[SS合評]コクワくんの一生

 昆虫を飼って眺めたりするのが好きだ。子供の頃からそうだったが自分が子供を持つ年齢になっても変わらないようで、カブトムシを飼って一番世話をするのが結局親父たる自分であったりしている。この夏は残念ながら昨年飼っていたカブトムシたちから全く採卵できず、新たに捕まえることもできずにいてカブトムシのケースは貝割れ大根の栽培ケースに転用されてしまっている。

 二〇一一年から昨年二〇一四年にかけてはもらってきたカブトムシ、我が家で羽化したカブトムシ、飛来してきた東京西部の野生のカブトムシで我が家は賑やかだった。「我が家は賑やかだった」と書くとさも一家をあげて盛大に世話をしていたような印象を与えるかもしれないがたまに次男が餌やりを手伝ってくれるぐらいで実際に盛り上がっていたのは私ひとり。朝起きたとき、まずケースを覗く。仕事から帰るとすぐ風呂も晩酌もあとにして昆虫用のゼリーのカップをひとつとスマートフォンを手にしてベランダに出る。蚊に襲われながらも夜はスマートフォンをライト代わりに昆虫のいるケースのプラスチック製の蓋を開けてしばし眺める。餌のゼリーを替える。時々写真を撮る。家内が室内から「毎日せいがでるねぇ」とくすくす笑いながら声をかける。おそらくは私はさしてにこにこともしておらず無表情にケースをのぞきこんでいるはずだが、楽しそうなのは端からみても伝わるのだろう。

 ケースで飼っていたのはカブトムシが主だったのだが、野生のコクワガタもやってきた。カブトムシ飼い始めの二〇一一年のことだ。最初に玄関前に来たメスは逃がしてしまった。ベランダに来てひっくり返っていたオスは我が家と違ってお父さんだけでなくお子さんも虫を飼うのが好きだというご近所さんにもらわれていった。そのあとに我が家に来たオスが「コクワくん」だった。

 ケースの中で死んでしまったカブトムシは近くに埋めて弔うのだが、先のオスをお譲りした直後のこと、死んでしまったカブトムシを弔ってきた帰りにマンションの廊下でひっくり返っているのを子どもたちがみつけてきた。クワガタは仮に採卵できても羽化まで世話するのが難しいという知識があったので飼うまいとなんとなく思っていたのだが、これはやはり飼ってみろということなのか……と勝手に思い込んでしまった。コクワくんの運の尽きだったのかもしれない。

 コクワガタは名前の通りクワガタムシとしては小さい方でオスでも二〜五.五センチメールくらい。我が家のコクワくんは四センチくらいだった。性格はおとなしい、というか臆病。私がケースを覗き込むだけでそーっと土の中に潜って隠れてしまう。この性格の臆病さ、穏やかさはコクワガタ全般に言えることらしい。コクワくんはカブトムシと同じケースで飼っていたが、同じ餌を食べてもカブトムシが来ている時は遠慮しているようでうまく過ごしていた。

 最初の夏が過ぎ同宿のカブトムシたちが斃れていくなかコクワくん一匹だけが生き残った。カブトムシと違いクワガタムシは越冬をするのだ。彼のために週に一回は餌を替えていたため仕事から帰ってベランダに出る習慣は気候が涼しくなり、そして寒くなっても続いた。ごく稀にゼリーに土がついていることがあり彼が健在であることを私に教えてくれた。越冬させるにあたって特別な準備はせず寒空のもとベランダにケースを出しっ放しだったのだが結局コクワくんはケースの腐葉土に潜り込んで冬を越してしまった。コクワガタは臆病な性格の一方で生命力は強いものらしい。ケースを横長のプランターの中に置いておいたのが外界の気温の変化から適度に彼を守ったのかもしれなかった。

 カブトムシについては前年に二十個ほどは採卵できただろうか、孵って幼虫となっており、別ケースに移したものもいたがコクワくんが住むケースでも幼虫はばりばりと腐葉土を食べて翌年にかけておおきく育っていった。カブトムシの幼虫の食欲というのは大層なものでちょっと目を離すとケースが糞だらけになってしまう。糞というと汚いようにおもわれるかもしれないが色といい形といいブラックブラックガムのタブレットを想像するといい感じのものである。手でほいほい拾ってから新しい腐葉土を入れたりするのだが、あまりにも腐葉土を食い進むものでコクワくんを起こすのは忍びなかったが何度か彼を冬眠している土の中から取り出して全面的に腐葉土を入れ替えたこともあった。結果としてはこの土の入れ替えはコクワくんにとっても環境を新しくすることとなり良かったのかもしれなかった。やがて翌年の春となり、コクワくんが餌を食べに出てくる頻度は増えてきたが大概は土の中に隠れてしまっていた。

 彼の二回目の夏となった。昨年の卵から蛹にまでなっていたカブトムシのうち何匹かは無事羽化してきた。またベランダには時々野生のカブトムシが飛んできて私に捕獲されケースに仲間入りした。東京都内、それも二十三区内でカブトムシが自然に繁殖できているらしいという事実に最初は驚いたがもともと世田谷区や大田区は江戸のそとの荏原郡であり都会化が進んだのは昭和三十年代以降のことだ。それ以前は都市郊外の田園地帯であり、多摩川の河岸段丘などにできた雑木林はカブトムシにとっては格好の生息地であった。それが都市化が極まって現在に至るのだが私が住んでいる大田区馬込辺りでも池上本門寺をはじめとして森が残っている場所もあるし、一戸建ての御宅の庭にかつての雑木林の一部がそのまま残っているような場合もあり、そういった場所を繁殖地にしてカブトムシたちは血脈を保てているらしい。

 おとなしいコクワくんは二年目のカブトムシとも喧嘩になることも少なくうまいことケースの中で過ごしている……とおもっていた。不思議なことが起こっていることに気がついたのはお盆も過ぎた頃だったろうか。コクワくんが何故か特定のカブトムシのメスといつも一緒にいるのである。ずっと観察していると特徴がないように思えるカブトムシのメスでもちょっとした羽の色のちょっとした違いだとか大きさだとかで個体を特定できるようになるので一緒にいるのがいつも同じメスだというのは間違いなかった。臆病で私がケースをのぞくとすぐに隠れてしまうはずのコクワくんがこのメスとはしきりに餌の取り合いで小競り合いを私の眼前で繰り広げている。といって本気で喧嘩しているという感じではなく、上から眺めている限りでは「仲が良過ぎて喧嘩になっている」風に見える。明らかに今まで見てきた臆病なコクワくんとは明らかに振る舞いが違っている。楽しそうなのだ。

 虫なんてものに人間のような「意識」とか「感情」があるかと言われればおそらく無いのだろうとおもう。身体の内外からの物質に対して科学的な反応をして一生を過ごしているのではないかと。しかし一方で虫の身体器官が彼らの「感情」を正しく表現するだけの機能を備えておらず、結果として感情など持たないように判断せざるを得ないだけなのかもしれない……というようなことをコクワくんと彼女との様子から考えざるを得なかった。私が彼らの様子をみていたのはごく限られた時間だったが狭いケースのなかであの夏種の違う二匹がどんな時を過ごしていたのかを想像すると要らぬ創作意欲が掻き立てられる。

 カブトムシたちは一匹、また一匹と寿命を迎えていき、夏の終わりのある日彼女たるカブトムシのメスにも死が訪れた。その日ケースの蓋をあけた私はしばし沈黙せざるを得なかった。彼女の死に気がついたと同時にコクワくんが彼女のそばでじっと蹲っていることにも気がついたからだった。彼女を葬るためにケースからその身体をとりあげてもコクワくんは動くことなく土のうえにいた。たったひとりの友達を喪ったことを理解し、しかしその喪失感をどうすることも出来ずにいるようにおもったのは人間の勝手な思い込みだったろうか。彼女を弔って帰ってくるとコクワくんはもとの臆病なコクワガタに戻って土の中にもぐってしまっていた。

 コクワくんはこの年も同じケースで過ごしたカブトムシを全て見送り冬の初めまで長命した。彼が初めて会った時のようにひっくり返って、でも今度は本当に天国に旅立っていたのをみつけたのは十一月三日の朝だった。彼女と一緒にいた夏の日々以外は臆病で、ケースの外に逃げようという素振りもほとんど見せないようなコクワくんだったが彼を一年以上ケースに囲ってしまったことに微かな罪悪感を感じた。そして罪悪感を打ち消すように「コクワくんありがとう、楽しかったよ」と感謝のことばをこころのなかで述べた。この年カブトムシの採卵は失敗し翌年から我が家のカブトムシの数は減っていった。卵が採れなかったのはもしかしてコクワくんが彼女を「取って」しまったことも一因だったかもしれないなどと考えたりしている。あるいは「充分楽しんだでしょう? 俺たちで最後にして下さいよ」と天国のコクワくんに諭されているのだろうか。


『関東子連れ狛犬の系譜』シリーズは少しづつ、今書いているものがどこかに響けばと願いつつ書いています。