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殺し屋のTシャツ

■続ヤバいぞ、アイアン・メイデン


さて、前回はアイアン・メイデンとの出会いについて少しだけ触れました。
1981年当時、アイアン・メイデンは「ヤバイ」ものでした。
コワそうなのはありましたブラック・サバスとか、でもブラック・サバスを知る前でしたし、「コワい」んじゃないんですよね、「ヤバかった」んです。
イメージ的な話、日本の田舎の一般家庭にですよ、パラノイドのジャケットとキラーズのジャケット、置いてあったら、どっちがヤバそうですか?

音楽的にも当然、メタリカやスレイヤーもまだ結成すらされていないですし、音楽的にもまだヘヴィメタルという音楽ジャンルの輪郭がはっきりしていない頃の話です。
特に1stアルバムを聴いた時はまだ60年代はビートルズ、70年代はクィーンという感じでしかロック自体をとらえていなかったので、これが最新のロックというもので、ヘヴィ・メタルと言うんだ位な感じで聴いていたんです。

前回も言いましたが、疾走感のある曲調、ツインリードのギターのハモリがかっこいい、ドラムがパワフル、曲の構成が変わった曲もある。アルペジオがゾクゾクするとか、そんな印象でとにかく、大人しか聴いてはいけない世界の音楽のような気がしました。
聴いていて後ろめたいような背徳感、「俺はこんなの聴いちゃってる、ヤバい」って感覚です。

当時、よく覚えている感覚は、このヤバめなヘヴィメタル的なやつを色々聴いてみたくて、HR/HM系にはまっていく友人にレコードを何枚か借りたり、貸しレコード屋に置いてあったそれっぽいバンドを手当たり次第聴いたんですが、例えば、ガールとかサクソン、サムソン、(どっちだったかな?)
は友人に借りましたし、ディープ・パープルやレインボー、マイケル・シェンカーなんかを貸しレコード屋で借りてきたのですが、そのどれが全然ヤバくない音楽で、正直全くピンと来なかったんです。
正直どれも退屈な曲ばかりに聴こえました。今から思うと全く聴く耳がなかったなぁと思うのですが、アイアン・メイデンの鋼鉄の処女を基準に聴いて「同じようなもの」に聴こえるものはなかったという話です。

まぁ、唯一違う意味でゾクゾクしたのがブラック・サバスで、これは聴いていて気味が悪くなる曲がたまらなかったですね。
友だちに借りた日本編集の初期ベスト盤はずーっと返さずに聴いていて、もしかしたら未だにかりたままで実家にあるんじゃないかな?
この前調べたら希少盤扱いで18,000円の値段がついていたのでちょっとソワソワしました。話がそれましたが、それくらいメイデンはヤバかったという話です。

今、本当の大人になって、というかかなりのおじさんになって、割と幅広くロックを聴いた耳でアイアン・メイデンを聴くと、初期の3枚までは曲調としてバラエティに富んでいて、人によってはパンク調に聴こえる曲があったりするかもしれませんが、作者のスティーヴ・ハリスがパンクからの影響を否定してるので、
どうかなーと思ったりしてたところ、先日はじめて鋼鉄の処女の曲を聴いた同世代の人が
「メタルのバンドだって思ってたら、こんなロカ(ビリー)な曲もあるんだね」
って感想だったりして、なるほど、と思ったりしました。
パンクではなくビートがロックンロールしてたりするんですね。
特に1st と2ndのキラーズは。3枚目のナンバー・オブ・ザ・ビーストまでの曲はほんとに他にはないオリジンな雰囲気があります。
もちろん、4枚目以降もかっこいい曲はたくさんあって、むしろそれ以降の方がアメリカでは売れるんですが、4枚目以降はいわゆるヘヴィ・メタルのフォーマット的なものを作っていて、例えばアルバム全体としてヤバくない感じがします。正にかっこいい曲をやるバンドになっています。
どちらかというと70年代のハードロックやプログレッシブロックが正統な進化を辿ったような曲に聴こえます。

■キラーズのエディTシャツ


かっこいいアイアンメイデンの話は次回以降として、「ヤバい」アイアンメイデン、80年代当時、僕の中では、新しいヘヴィメタルという音楽を生み出したオリジネイターでありました。

その中にはジャケットの「ヤバい」エディ・ザ・ヘッドの絵、デレグ・リッグスのアートワークも含まれるわけです。
前回のTシャツは今着ているものですが、今回のは80年代に購入して当時から着てはいたんですが、何せ、このアートワーク、ヤバいでしょ?

それもヘヴィメタルという音楽と同じです。
今やヘヴィメタルというジャンルはスラッシュメタルからはじまってデスメタルやブラックメタルといったより過激で、ヤバいという意味では本当にヤバいサブジャンルを生み出してますから、
「え?そんなヤバい?むしろカッコイイじゃん?」
という反応はごもっともですが、さっきも言いましたが、メタリカもスレイヤーも大して知られていない時だと思ってください。

今でこそ、セレブがロックTシャツばんばん着てますが、80年代のハリウッドスターのプライベートショット見てください。(そんなに無いかもしれませんが)みんな爽やかですよー、Tシャツに柄すら入ってなかったりしますから、そんなときに10代の息子がこのTシャツ買ってきてごらんなさいよ。
「そんな、おそろしい柄のシャツを着て出歩くつもりか?」と父親の眉間にしわがよるわけですよ。
完全に不良(ヤンキーと言う言葉はまだなかった)扱いです。
なので、田舎にいる時に買ったんですが、ほとんど着れませんでした。
(実は着て出かけたことあるのですが、その話はまた今度)

で、19歳から一人暮らしを始めた1988年になってから、着るようになったんですが、
まぁ、その頃になると80年代も後半ですし、HR/HMもメインストリームに居ましたし、当然、アイアン・メイデンもビッグネームになっていましたから、
「大丈夫だろ?」ということで、
当時住んでた奈良の新大宮という駅前をコレを着て闊歩していたわけです。

そしたらですね、対面から知った顔の人が歩いて来るわけです。
ハタケナカ先輩というサークルの先輩だったんですけど、その人は僕の顔より先に胸のこのプリントをジーーーツと見てて僕だと気づいているのか、いないのか、わからなかったんです。
だから、こちらから「ハタケナカさん!」と声をかけたら
「おお、ヒロセか、えらいTシャツきてんなぁ~、アイアン・メイデンか、殺し屋やでぇ」
と、少々驚いた感じ、ちょっと過激なんじゃないか、という皮肉も入っていたんでしょうか、それとも、ただの後輩イジリか、
そんな感じのリアクションだったわけです。

なので、僕もですね「あれ?やっぱり今でもヤバい?」と思ってですね、それ以降やっぱり着なくなったという逸話のあるアイアンメイデンのキラーズTシャツです。

ただ、やっぱりこのキラーズのエディが一番いいんです。
なんと言ったらよいか、ヤバさのギリギリ感がいいんですよね。

当時はそのギリギリを超えていたのかもしれませんが、その後エディ自体も色々と容姿が変わっていくので、アイコニックなものと言えばこれに尽きるのかなと思って、このキラーズ柄だけ一時期は3枚持っていました。一枚はタイトなものだったので、サイズが合わなくなり手放してしまいましたが、こちらは想い出の一品ということで、今もあんまり着ていません。

そしたら、あのレディー・ガガがまったく同じプリント着てるのをみかけて、
「やっぱり、レディー・ガガわかってるなー」
と思ったものです。

ということで、ハタケナカ先輩、みてますかー?
あの時のえらいTシャツというのはどういう意味だったんですかー?
あの新大宮のメイデンTシャツはレディー・ガガもきてますよー(笑)

■おまけ

2022年9月3日、4日、レディー・ガガが西武ドームでコンサートを開きました。
参加された方々の話を伺うに、素晴らしい熱演だったそうで、歌もダンスも全力で観客を喜ばせようと、そして自らがそれを喜びとしているような姿勢が感じられる素晴らしいステージだった、というような感想が聞かれました。終演の頃にはあいにく雨が降り出してしまったとのことですが、その雨の中ファンの乗るバスを手を降って見送るガガさんの姿からも、その姿勢は「なるほど」と思うようなものでした。
何となく、完璧にスマートでないところが親しみを感じさせますし、「私は第二のマドンナよりも、第二のアイアン・メイデンになりたい」と言い、メイデンの公演のバックステージでメンバーのために雑用をこなしていたという話などを聞くと、いつまでもファンとして、リスナーとして音楽に対峙しているのではないかと思わせる所も好感しか持てません。
叶うことなら、ガガ様とロックバーでお酒を飲みながら、アイアン・メイデンのどんなところが好きか語ってみたいです。

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