表紙

【掌編】魔法使いの仮装をするかわりに

 彼は生活全般においてイベントが好きな人だ。
 私が居候として彼の家に転がり込んだ七月の初めから、幾つの行事があっただろう。
 七夕にはそうめんを茹でてくれたし、芥川賞と直木賞は候補作品の中から、どの作品が受賞作となるかの議論を繰り返し、土用の丑の日はうなぎを食べに行った。お盆には、きゅうりの馬と、ナスの牛の精霊馬を作っていたし、お月見には、お団子を買って帰って来てもくれた。

 今回も絶対、何もしないわけがない。実は私もハロウィンはワクワクする。
 私がジャックとゼロを好きなことも知っているから、一緒にDVDを観ようって、お菓子を買って来てくれるかもしれない。
 毎年仮装した子供たちを見かけると羨ましくなる。仮装した可愛らしい姿。さすがにあれは真似できないから、魔法使いの仮装をするかわりに、魔法に近いサプライズを、彼に仕掛けてみようかな。

 そもそも私は誰かのために料理をしないことに決めている。料理が義務だと感じたり、毎日料理をする、けなげな私という気分に浸って喜びを感じるのは止めたのだ。
 彼と一緒に生活するようになってからも、気が向いたら朝食にベーコンエッグを焼くか、自分が食べたい時にカレーを作るくらいだ。
 平日は二人とも仕事から帰って来るのが遅いから、何か買ってくることが多いし、土日は二人で飲みに行く。
 意外なことに、彼は料理をしたいと思うことがあるらしく、私がこの家に押しかけて来た時にはもう、一通りの調理器具や食器が、使いこまれた様子でそろっていた。時間がある休日には、簡単なものならば、たいてい何でも作ってくれる。
 そしてある時、チャーハンを作ってくれた彼は、笑いながら言った。
「あなたね、たまにはメシを作ろうとか、そういう発想は出てこないものかね。」
 笑ってはいたけれど、きっとあれはチラリと出てきた本音だろう。


 やるとなったら、思いっきりやる。
 駅前の花屋さんで売っているのを見て、その気になってしまったというのもある。オレンジ色の、すいかサイズのかぼちゃでジャック・オ・ランタンを作ろう。
 そのために今日は有給休暇を取っていた。
 朝一番でかぼちゃを買いに行くと、花屋さんは、それが当たり前と言う風に、一緒にカービングナイフの購入を勧めてくる。作り方の説明を書いたチラシまでくれた。これは心強い。
 くり抜いた身の部分はサラダにしようと考えていたけれど、どうやら、このかぼちゃは厚みを残して、くり抜くものみたい。
 それならばと、食べる分はスーパーで普通のかぼちゃを買った。

 ヘタの周りを丸く切り込むのにも時間がかかったけれど、ヘタを取り除くのがとにかく大変。ほわほわ繊維質のワタは、すごい力でくっついているのだね。何分も格闘したものの、カービングナイフでは頼りなくなって、ペティナイフにご登場いただき、ブスリと刺して、なんとか剥ぎ取りに成功。ワシワシとワタを掴み出したあと、側面を目や口の形にくりぬく。
 絵心がなくて、ちょっと不細工になってしまったけれど、ジャックの顔に似せたランタンが完成した。

 調理の方はそんなに大変じゃない。
 かぼちゃは丁寧にワタをとって、ホクホクに茹でる。冷めるのを待つ間に、他の調理を進めておく。
 オニオンスープ用に玉ねぎをじっくり炒めて、ハンバーグの下ごしらえもする。かぼちゃサラダがこってりだから、レモンソースのハンバーグにしよう。野菜はあれこれたっぷりと、タジン鍋で蒸しておく。ごはんは彼の好みに合わせて固めになるよう、水加減。

 ちょうどよく冷めたかぼちゃは、ちょっとだけ潰して、味見をしてみる。よかった、ちゃんと甘いかぼちゃだ。
 茹でただけのかぼちゃが甘ければ、このサラダはもう美味しくできること間違いなし。軽く塩、こしょうを振って、生クリームとマヨネーズで和える。かぼちゃの塊が全部無くなってしまわないように、気を付けて、ていねいに。
あともう二混ぜのところまで和えたら、白ワインをほんの数滴。そしてゆっくりと二混ぜする。
 私の自慢のかぼちゃサラダの出来上がりだ。

 かぼちゃ大王にしては、少し間抜けな顔になってしまった、ジャック・オ・ランタンの真ん中にキャンドルグラスを入れて、部屋の電気を消した。ほんわかとしたオレンジ色の光がゆらゆらする部屋。テーブルには初披露の手料理が満載だ。後はもう、彼を待つだけ。

 早く帰ってこないかな。
 お菓子を買って帰って来てくれなかったら、いたずらしちゃうよ。


(了)

© 2013 Chiyoko Munakata

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