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0005:地獄を生きるわしら

地獄という名の場所

前回(0004:実はこの世界は・・・)、私達の生きている「この場所」のことを、わしは【地獄】だと書きました。

「地獄」というと、大げさに感じるかもしれません。

確かにこの「地獄」という言葉には、様々なイメージがつきまとっていますし、またそれらは、地域や宗教によってもだいぶ異なっていますもんね。

ですが、この言葉を、字義通りに解釈すると、どうでしょうか?

わしら人間を含む、生き物全ては「この世界」から出ることができません。どんなに形を変えて進化を繰り返しても、いまだ時空を超えて他の世界へ行ける生き物はいませんよね。

わしらは、「この地」という場所に囚われているのです。

そう、まるで、「投獄」されたかのようにね。

だから、この「地獄」という表現は、そんなに大げさなものではないのかなぁと、わしは思っています。


無限の苦しみ

それに、各宗教で語られるこの「地獄」という場所について、だいたい共通しているのは、地獄という場所では、永遠の責苦に遭う、という点かと思います。

ここ日本では、仏教の観点からかと思いますが、地獄では、金棒を持った鬼によって、針の山を登らされ、灼熱の血の池を泳がされ、あとなんか謎の機械をえんえん回させられたりとか(笑)、そういうのが地獄であるとかいうイメージが強いかと思います。

ですが、前項でも書いたとおり、わしらの人生、もう十分辛いっしょ?(笑)

そもそも、命というものは、他者を害さないと、繋ぎ止められない仕組みになっていましたよね。もちろん、自分だけは害されたくない、と全員が思っているのに。

わしはね、これ以上の「責苦」は、無いと思っています。

一番やられたくないことを、他者にやらないといけない世界。

ここはやっぱり「地獄」だと言い切れると、わしは思います。


地獄の向こう側

ここまで聞くと、

「じゃあ、地獄の他にも世界があるのか?」

「地獄から抜け出すには、どうすればいいのか?」

「死んだあとにも、悪い者が行く、さらなる地獄があるのか?」

などなど、いろいろな疑問が湧いてきたのではないかと思います。

ですがその辺は、おいおい分かってくると思いますので、今は一旦飲み込んでいただいて(笑)、もう少し、わしの話におつきあいください。
(^~^;)

ここからはちょっとオカルトになりますが、まぁ与太話と思って聴いてください。前にも書いたけど、デタラメかもしれませんよ(笑)。
(^~^ )

結論から言うと、死後の世界はあると思います。

いや、どちらかというと、わしらはこの「地獄」で死という経験をして、そちらに戻っていきます。

そうなんです、わしらは

もともとそっちにいて、そっちから来ている

のだ、というのが、わしの考えです。

そして、わしらは『自分の意志で』(ここ重要)この地獄に生まれてきます。

「そんな馬鹿な!」

と思いました?

・・・ですよねぇ。無理もないと思います。特に、このブログを見てくださっている、人生が辛くてしんどいと感じてらっしゃる、汝らなら特に。
(^~^;)

でもね、わしの話を聞いているうちに、多分、このことが本当なのだと、腑に落ちる日が来ると思います。もうちょっとお付き合いください。わしの話、長くてホントすみません。
(T~T )

まぁ今は、どんなに辛い人生でも、いずれ「帰るところがある」というくらいの認識でいてください。

あなたの苦痛は、いずれ終わります。少なくとも死後はそんな辛いことを無理に経験する必要はなくなりますから、ご安心ください(笑)。

けど、できれば生きてるうち、そしてできるだけ早いうちに、その苦痛が終われば、と思いますよね?

わしは、その手伝いをしたいんです。このブログを通してね。
d(^~゜ )

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これは、拙ブログ『人生はなぜ辛いのか、と思った時に読むブログ』からの転載です。イラストや強調で分かりやすい、本家サイトはこちら。
https://jinseihanazeturainoka.blogspot.com/

このブログの文章を初めてお読みの方は、ぜひ第1回からお読みください。
https://jinseihanazeturainoka.blogspot.com/2018/09/0001.html

今回のエントリーのページはこちら。
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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)