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【連載小説】聖ポトロの彷徨(第14回)

34日目

大きな揺れを感じて飛び起きた。
前回よりもさらに激しい揺れの中、半分しか目覚めていない脳を頼りに、必至に何か(何だったのかはもう分からない)にしがみついた。
今回のは地震というよりは、むしろ乗り物から振り落とされようとしているかのような激しさで、一度ならず地面ががくがくと傾くのを見たような気がした。強烈に隆起したり、陥没したりを繰り返していたかのようだった。
揺れ始めから程なくして、激しい揺れの為か、周辺一帯から砂埃がもうもうと舞い上がり始め、まるで霧の中のように一寸先も見えないような状態になった。私は塵まみれになりながら地面にはいつくばって、ただこの災厄が過ぎ去ることを願っていた。

どのくらいの時間が経ったろうか、ようやく揺れが一段落し、私は再び大地に立ち上がることができた。
しかし、私が知らず知らず移動していたのか、それとも大規模な地殻変動が私の真下で起こったのか、昨日まで平地だった私の足の下は、間違いなく、なだらかな坂道になってしまっていた。砂埃がひどく、周辺の変化の様子を肉眼で確認することはできなかったのだが、私の平行感覚がおかしくなっていなかったのであれば、間違いなく、私ではなく足元のほうが傾いていた。

その後さらに数十分経過しても視界が回復する様子は無かったが、少しずつこの埃の霧が晴れてきているのか、地震が停止してから約1時間後にようやく、コムログのレーダーによる周辺探査に何とか成功した。

その結果に、私は目を疑った。
確かに傾いている。だが、あろうことか、この周辺全体が傾いているのだ。東を上、西を下にして、土地全体が傾いている。傾斜角度としてはそうでもないのかもしれないが、自分の足で明らかに平地ではないと分かるくらいに傾いてしまっているのだ。

どういうことだ。レーダーの東側を中心に、大規模な土地の隆起が起こったのか。それとも、この大陸全体が傾いてしまったのか。いずれにせよ、惑星生理学的に考えても、おかしな変動であることは間違いない。よもやこの異変も、ロヌーヌの機能不全と何らかの関係あるのだろうか。

分からない。とにかく何も分からないのだ。

何か他に変化したところが無いかと、私はコムログの画面を数百倍に拡大し探査結果をつぶさに観察した。
と、折れて横倒しになっているほうのロヌーヌのすぐ脇に、不自然な影があるのを見つけた。昨日確認したときは確か、この座標は折れたロヌーヌの下敷きになっていたはずだ。もしかしたら、先の地震でロヌーヌ跡が少し動いたのかもしれない。私は相変わらずひどい霧のような視界の中、タオルで鼻と口を覆ったまま、その場所へ這い進んだ。

なんということだ。これは非常ハッチだ。

大掛かりな施設を作る際には、必ず非常時に手動で開閉できるような出入り口を作るものだ。万一電気が完全に止まってしまっていても、手動式のドアからなら、脱出可能だからだ。

そう、これがロヌーヌの非常脱出口だったに違いない。

折れたロヌーヌはどうやら1メートルほど西にずれてしまったようで、昨日までその下敷きになっていた部分には、砂に埋もれた周辺の地面ではなく、砂の下にあった元の地面が露出していた。プラスチックともセラミックともつかない不思議な物質で作られた地面で、周囲の砂と同じような黄土色をしており、表面はゴム製の滑り止めのようにざらざらしている。その一角、レーダーには陰のように映った部分に、周り同様に砂の色をしてはいるが、明らかに「動かせる」形をしている場所があるのを見つけた。
そこでは地面の一部が、ちょうど人間一人分の大きさ程度に四角く切れており、その四角の一辺にはちょうど人の手の大きさくらいのくぼみがある。ここに手をかけてふたを引き上げてください、と言わんばかりの分かり易い構造だ。
私は深く考えることなく、その「ハッチ」を引き上げた。プシュ、という音とともに、油圧式ジャッキが立ち上がり、四角い入り口が出現した。

中は予想通り下り階段だった。明かりは無く、どこまで続いているのか、入り口からは分からない。
私は持ち物から、ケミカルライトバーのセットを取り出した。セットにはライトバーが7本入っていた。バーを曲げると明かりが灯り、1本が地球時間でちょうど12時間光り続ける。上手に使うと暗い場所で大体の時間を計ることもできるだろう。私は明かりを手に、暗い階段を下り始めた。

・・・一体どこへ行き着くのだろうか。コムログの電池が切れないうちに、照明の生きている場所にたどり着ければよいが。

【記録終了】



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)