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鯖神輿

・ある地方(本稿では仮に「A県」と呼称する)では輿の中に、神事(祭り)の直前の水揚げより最も大きい鯖の個体を、神事の為の皿に血抜き(内臓は処理しない)を施した状態で安置の上、担ぐ。
・尚、「皿に載せた鯖」に合わせて、通常の神輿に比べると輿のサイズはかなり小さい。
・神事が執り行われるのは毎年10月仏滅。尚、A県において「秋鯖は嫁に食わすな」は浸透した慣用句であり、これは鯖が旬である時期に最もその身に脂肪を蓄える為、嫁に喰わせると太って冬の間に働きが落ちるためでは無いか、と考察される。
・担ぎ棒は二本である。長めにとってあり、前後二人ずつ・計4人で神輿を担ぐ。
・神輿の仕上げは、一般的には漆や金箔などにより、赤・黒・金色が多く見られるものとなるが、鯖神輿においては緑青を基調とした、青光りするという点が、一般的な見た目とは大きな差異のある点であろう。A県では勿論青魚ばかりが獲れる訳では無いが、鯖の恩恵を多く受ける土地であるため、感謝の代償行為として「鯖を持ち上げる」ことを視覚的・宗教的に表すカラーリングである。
・外から見ることは出来ないが「鯖を皿から落とすのはよくない前触れ」である点から、魂振り・掛け声はなく、行幸の様に静かな雰囲気で行われる。担ぎ手の一団は、鯖を皿から落とさぬ様、静かに歩く。
・担ぎ手はその年に新たに漁師に仲間入りした若者たちの中から、網元たちの相談で4人が選り抜かれる。近年、漁師の成り手が減っている影響もあり、徐々に担ぎ手は新成人の中から選ばれる傾向にある。
・家家を巡るのではなく、海岸から街中を通り社まで渡る。特に、その間に関する取り決め等は無いが、過去に外国人観光客が担ぎ手に触れた際、瞬間的に強烈な腹痛に見舞われた。命に別状は無かったため神事はそのまま続行されたが、原因については後述する。その進行を妨げる者がこれまで現れなかったためそれまでには無かったが、以後「鯖神輿の進行を邪魔すること」は強く禁じられ、観光客にも必ず周知することが徹底された。
・社の目前まで運ばれた神輿の中から、担ぎ手の内で最も産まれの早い月の者が輿の中から鯖を取り出す。そのまま社の中に皿毎持って入るのだが、社の中は運んだ当人しか見る事が出来ず、観客は運び手が再び扉を開けて出てくるのを待つ。
・運び手が皿を持って再び出て来た時に、例年通りであれば鯖は形を失っている。何者かに食い荒らされた様な状態になるのだという。「何」がそうするのかを漏らしてはいけないらしく、文献・口伝等でその正体は確認出来ない。尚、社から出て来た運び手の様子は一様にネガティヴなもので、血の気を失った顔をしている者・出て来ると同時に嘔吐してしまう者・震えが止まらない者といった様子らしい。
・「鯖を食い荒らされた皿を運び手が持って社の外に出て来ること」で神事は終了し、次の年の大漁が約束されたもの、としてそこから一般的な祭りの様な祝い、ハレの様相を呈する。

◯この程、独自に「運び手」を過去担ったという男性から「何を見たか」という部分について話を聞く事が出来たため、本稿を記す。尚、匿名性を保持するため、以下も文語調・箇条書きとなることを先に断っておく。

・社の中に鯖を持って入る→皿を床に置く。
・社の中は特に何も無い空間。壁に神棚があって、それそのものは注目するところはない。
・皿を床に置いて、座る。座り方などは特に何も言われてなかったので、足を崩した。事前に「座って、何か変化があるまで待て。変化したら、収まるまで絶対に社から出てはいけない」と言われていた。
・体感で10分ほどすると、鯖が震え出した。→震えながら膨張していくのが分かった。→原因は分からないけど爆発するんだと思った。
・両手を合わせた状態の3倍ほども大きくなった時、震えが止まった。
・弾けた。沢山血管のようなものが出て来た。床から天井まで、それが柱の様に噴き出して、明らかに鯖の体積よりも大量に、いつ終わるかも分からないほど噴き出した。→ズルズルとした気持ち悪い感触に包まれたのが忘れられない。おそらく、寄生虫。アニサキスだと思う→あんなに沢山のは見た事ない
・溢れる、と思って思わず社の扉を開けようとしたところ、それがスゥッと消えた。→震える手で皿を持ち、くだけた腰のままで何とか社から出た
・以前、腹痛で倒れた観光客は病院で大量に寄生虫を排泄したと聞いた。関連は分からないが「そういう」ことなのだと思う。


◯男性から聞き出せたのは以上の様なところである。その「儀式」の途中で社を出てしまうとどうなるのか?あとに何も残らないということは男性が見たのは幻覚なのか?何故口外してはならないのか?現段階ではあまりに不明確な点が多く、創作・妄想の類と思われる可能性が高いであろうため、これは単なるメモ書きに過ぎない。実際に私も現地での聞き取りをする必要性を感じる。

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