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ウブメ、サガミオリジナル、アンドソーオン

こけかか『美ー畜』に掲載。http://kkkka.seesaa.net/article/449557351.html

 拷問で一番痛いのは、爪を剥ぐとか出た腸を巻き取っていくとかではなく、二の腕をニッパーでバチン、とやるヤツだそうだ。こないだツイッターで回って来て、へー、と思った。肉体の痛みはそういう「一番痛い」みたいな定量化が出来るんだろうけど、定量化出来ない痛みは、どうやって人に伝えれば一番伝わるだろうか。と思ったけども、そういうことは言葉を尽くしてみても仕方がないし、よくよく考えると気持ち悪いので伝える努力をすべきでないというか、同情してもらいたがってるみたいで中学生かよ、とセルフツッコミしたくなってくるので、伝わる・伝わんない、とかではなく、ただ「記録」と思うことにする。


 おろした。殺した。


 11万円も支払って、わざわざ私も、お医者さんも、人を殺した。8週目だった。


 セックスは愛しい人と結ばれる、素晴らしい行為だと思う。なんてこと無い部分部分が、私の中に残っている。
 シャワーを浴びている、水が流れ、ヘソの下の濃い毛に水が絡まり、伝って、男性器に向けて落ちていく。黒っぽい。顔は優しげな雰囲気なのに、ギャップがある。下半身に着目すると、そんなに背は高くないのに思ったより脚が長いことが分かる。ベッドの上、私の中に入って来る時は目をつむって形を味わう様にする。ピクピクする。息が漏れる。体の外側と内側が溶け合う。ググッと押し入られると、全身に電気が走る様な感覚。ジワジワとでは無く、脳みそと私の性器とを起点にして、全身に走る様に快感が広がる。押し入りながら、私の髪を撫でて来る。息を吐かれるので、周りの空気と一緒に吐いた息を吸う。私の乳首が、胸板に当たって、擦れる。汗ばんだ体が、スルスルと互いを擦り合う。髪をゆっくり撫でられるのと、体を強く抱きしめられるのの、どちらが好きか、決め難い。それほど体位の変更は無く、大体向かい合う。ワンパターン。でも記憶に強く刷り込まれている。セックス、向かい合う。上から汗が落ちて来る。汗臭いけども、イヤな匂いではない。余り煽り立てる様な喘ぎ声は出さないけれども、つい息に声が混じってしまう。息に声が混じり合い出すと、終わりが近い。単純な前後運動の、リズムが変わる。終わる気配。ドックドックと流れ込んで来る、終わり。息が互いに一時上がる。


 ひとがひとり。
 ひとがふたり。
 ひとがさんにん。
 さんにん、になる筈だった。手術室に入って10分もかからず、命はゴミになった。麻酔が効いてたから、痛くはなかった。痛く無いせいだったのか、何も無かった。心の中に、何も無かった。麻酔が切れて来ると、少し体をベッドから起こして、窓の外を見た。窓の外にはよく見慣れた街が広がっていて、人が動いている。生きているのが分かって、ああ、街は人が生きて作ってんだなぁ、と思った。その人を作ってんのは人なんだなぁ。そんなことを考えている自分が居るのも、母親が作ったからなんだなぁ。
 ひとひとり作るのに、大体10ヶ月くらい。そこに到るまでに色んな思いがあって、色んな犠牲があって、で、それが「産まれたモノ」から「ひと」に成長していって。スゴいなぁ。
 それなのに、今、何も無くなっている私はなんなんだろう。ここに到るまでの、色んな思いを踏みにじって、人を殺してしまった私は、なんなんだろう。
 何も無い心を入れた体、病院の自動ドアを抜けて、エントランスに出た時に、産婦人科だから聴こえても何の不思議もないけども、赤ん坊の、ギャーッという泣き声が聴こえた様な気がした。生きてる声が。
 愛ってなんだ。ためらわないことさ、という昔の特撮の歌詞。アレはつまり、犠牲やら思いやらを「コスト」なんて無味乾燥したことばで片付けずに、コストがどうとかなんて気にせずに、自分が犠牲や思いになることをためらわない、ってことなんだな。
 ってことをこうならないと気付かない私の生き方、うっすい。うすいうすい。0.1mmか。サガミオリジナルか。うすーい。
 ごめんね。それでも、あなたが私の中に居たことは、ただただ嬉しかった。どんな酷い結末を迎えさせるかってのが分かってたとしても、ただ嬉しかったんだよ。居てくれたことが、私の中にあなたが居てくれたのが。ありがとうね。同じ所には行けないだろうけども、ちょっとでも近くに行けたら、ちょっとでも。嬉しい。

 彼女が飛び降りた現場に残されていた、「遺書」っぽい手紙には以上のことが書いてあった。頭の良いヤツがすることはよく分からんね。国立の文学部出で、割と良い広告会社に勤めてる。合コンで会った。頭が良いけども、彼女は馬鹿だった。生きる能力があんまり無かった。頭が良い女にありがちなヤツ。無駄にこっちに重いもん背負わしてくんなっつーの。そん時が気持ち良くて、で、後処理も金出すんなら別にいーじゃん。死ぬほどのことかっつーの。
 小説とかなら、ここで「そんな軽口を叩く俺の、目から正体の分からない水が流れた」みたいな一文が挟まるのかもしんないけど、特にそういうことはなく、胸糞悪いなー、という感想しか出て来なかった。
 はぁー、とため息を一つ吐いて、手紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に叩き込んだ。体を起こして振り返ると、彼女が居た。

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