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ヒトーバン・ヒトーバン

こけかか『破゜ー竹 3号』に掲載。http://kkkka.seesaa.net/article/446538744.html

ココアビスケットとココアビスケットの間にクリームが挟まってるヤツ、アレなんだっけ商品名、あのアレを割とお母さんが好きで、うちのおやつの常連メニューだったんだけども、あのアレをアタシは取り外してバラバラに食べるのが好きで、弟はそれを見て「またねーちゃんがバラバラ死体にしてる」とよく言われていたのだけど、今私の首は胴体を外れている。バラバラ死体と化している。

 ヤクモは怒った。こんな風にヤクモが怒るなんて、全く想像もつかなかった。

「俺は」

ヤクモの大声は、私のイメージするスタイリッシュメガネとはかけ離れたものだった。私の好きなイメージとは違っていた。

「お前が」

私の好きなメガネは自分のことを俺とは言わないし、私のことをお前とは言わない。凛とした様子で、もしくは柔らかに笑みながら、僕、と名乗る。名前か、君、と呼ぶ。

「好きで好きで仕方が無くて、女なんて知らんし、こっちからどうにかとか分からんし、入学した時から好きで好きで、お前がメガネが好きって聞いたからメガネ掛けてさぁ、知的な雰囲気醸せるようにさぁ、口調とか呼び名とか言葉選びものっすげぇ気を付けてさぁ、お前が好きなタイプになって、もっありえん、それでお前に付き合って欲しいって言われたら俺の今までの全部全てが報われて、ホントにこれ以上に嬉しい事無い、嬉しい事なんて無いって思っとったのに、なんで、お前は、なんでこんな、酷過ぎる、ひどい」

 ヤクモは泣いていた。私はあんまり泣いたりする方じゃなく、泣く人を見るとバンプの「ラフメイカー」というちょっと昔の曲のサビんとこが決まって頭の中に流れ出す。

「泣きたいのは俺の方さ そこに居られたら泣けないだろー いぇーい」

 頭の中。あれ?そういえば私頭と体離れてんじゃん。

 サルは一撃目でやられた。生きてるか死んでるかは分からないけど、正にのびている、という感じだ。ヤクモの右手に握られた拳大の石は、血が付いていて、サルの生命がヤバい、ってのが分かった。サルに関してはよく知らん。サルについて特に私が思うところは、サルっぽいってことくらいだ。人間が人間になる、というか、「その人」になる過程、ってのは人それぞれにドラマがあって、それを詳細に追えば「ドラマチック」なものになるんだろうけど、サルに関してはドラマがあるとは思えなかった。思い付かなかった。だからこそセックスしてもいっかなー、と思ったのだった。

 ヤクモに見つかった。まぁこれ以上悪いタイミングも無いだろう、という真っ最中で見つかった。誰も来ないだろうというトイレの中だったのに、何でわざわざこの時間・このタイミングでかち合うかね。何でと聞く前にもうヤクモはぶっ壊れていて、血管が切れそうになっていて、石を握りしめて、合体解除しようとする私とサル目がけて向かって来ていて、いわゆる「違うのこれは」みたいな言い訳をする間もなく。

 私はクラスの顔も猿みたい、性欲も猿みたいなヤツに拝み倒され、あろうことか、公園のトイレでする事になった。女子高生が公園で、とか馬鹿か、妄想が過ぎる、なんて思われるかもですが、私にだって性欲と好奇心はあるのです。ヤクモしか知らなかったから、他のだとどうなんだろうか、こういう都合の良いヤツなら、と思ったのだ。

  「君が君ってだけで僕には価値があるんだよ」

なんてヤクモは言うけども、ヤクモだって男子高校生だ。もっとシンプルに、ヤりたい、みたいな感じでも良かろうに。嘘で覆ってる風には見えない。同じ歳のヤツがなんでそんな価値観を持つに至ったのか、そこら辺はよく分からん。分からんけども、そういう細かいことは割とどーでもよくって、大事なのは「ヤクモがスタイリッシュメガネで、割と私の好みの顔と雰囲気で、私の『好き』を受け入れてくれた、で、それに対して『割と好き感を返してくれる』というところ。結婚する訳じゃなし、それなりに好き同士で居られる、それでおけ。友達は私をよく「ドライ」なんて評するけど、割と幸せと思える以上に幸せなことは無いと思うよー。

 ヤクモとセックスはした。夏だった。クリスマスはせずに通過したのに、夏・互いに貯めたバイト代で海沿いの旅館に泊まった。時に。それはすんごい気持ち良かったんだけども、お互いに淡白なんだろうか、ここまで月二回くらいのペース。こっちも向こうもそんなに求めるでも無く、割とそういう空気になった時に。

 ヤクモには私から「付き合って欲しい」って伝えた。去年の秋だから、大体もう一年経つか。来年の今頃は受験勉強とかしてんだろーか。ヤダな。あっ、こんな状況なのに未来の事考えてる。

 ヤクモはスタイリッシュなメガネだ。私は自分で自分のことを割とイモいと思ってるので、よくぞまぁヤクモの様なスタイリッシュメガネが私と付き合ってくれることになったなー、と今でも意外に思っている。

 性に奔放な学生時代、みたいなものは無く、高校生になってよくもまぁ私から告白して彼氏を作る、なんて流れを作れたもんだなぁと自分に感心する。にも関わらず、恋に溺れる様なこともなく、こんなことになって、こんなことになった。我ながらこれまたスゴい精神構造だなあと感心する。感心はする、でも泣くほどの感動とか、スゴく驚くこととか、はあんまり無い。というか無かった。ので驚いた時に本当に驚いた。

 驚いた私と弟は、そもそも「そういう驚き方」をした事が無くて、まず自分の驚き方に驚いたし、互いの驚き方に驚いた。

 半分マレー人のお母さんと、全部日本人のお父さんとが結婚したのは、別にマレーとか日本とかは全然関係無くて、大学のお父さんが遊んでたグループの人と、お母さんの短大の友人グループの人とが知り合いで、たまたま出会っただけで、二人に少し共通する体質の共通性は全くのたまたまだった。という話は、私が高校に入るという入学祝いの夜に教えてもらったことだった。驚いた私と弟は、それぞれに気が付いた。今、教わった父母の身体的特質がしっかり受け継がれてる、ああ、私と弟は、このお父さんお母さんの子どもなんだな、って。

 お父さんとお母さん、それに弟。母はマレー人のハーフで、私と弟はクォーターだった。生まれた時から日本に居て、マレーなんて行ったことなくて、あんまりハーフだクォーターだと言われてもピンと来ない。マレーで一番のクッキーは知らないけども、日本で一番美味しいのは、オ、オ、オー…えー、オ?あ思い出した、オレオだ、そうオレオが一番美味しいと思う。オレオ。ということは知ってる。

  小狡いところのある子どもだった。図工があれば糸目でなくしっかりと目を、目元を描こうとした。作文があれば「したこと」ではなく「思ったこと」を描こうとした。けども、頑張ったわけでは無い。「大人に褒められるよう頑張った風にする」ことが得意だった。やる気はなかったけども、褒められるのは好きだったのだ。割と。自分の好きな自分の部分、も知ってる。

 褒められることが好きになったのはいつからか。幼稚園の時、いや、入る前か。人から気に入られるように動く、ということが意識的にここまであった訳ではないけど、もしかすると私は「性に興味があった」なんてのは言い訳で、サルの性欲に応えることで「サルに褒められる」を得ようとしていたんだろうか?でもあいつに気に入られたことで何のプラスが私にあろうか。私のことなのに私が分からない。でも私は誘われて、それに応じた。ヤクモ。あんなに私の好きを受け止めてくれるヤクモが側に居るのに。というか、ヤクモは私のことをあんなに思ってくれていたのか。もしかして私が告白したのも、何かそうしたヤクモの気持ちを汲み取って、のことだったんだろうか。そりゃあ好みの見た目だったけどさ。でも見た目だけで、今まで付き合うだなんだみたいなことをしたことが無かった私が告白するだろうか。なのに殺される様なことがないと分からなかった、ヤクモの気持ち。を汲み取れなかった私。私って。

とはいえ、私はもう一つ知ってる。「オレオが日本で一番美味しいのは、オレオが一番美味しいと思っている私の世界の常識」だということを。私は「私の好きなものは私が好きだから好き」だということを知っている。お母さんはよく買って来るだけあってオレオが好き、でも弟はカントリーマアムが好き。お父さんは甘いモノがあんまり好きじゃなくて、クッキーよりせんべいが好き。ヤクモ。ヤクモは。

 だから、私はもう、首が離れてるんだっつーの。何を考えてんのか。何を「考えられて」いるのか。首が胴体から離れたら、それもう死んでんじゃんか。

 私が好き。だからこそ、「ただ私も好き」ではなく、ヤクモがもっと好きになっていったのだった。私が好きなヤクモが好きな私が好き。にもかかわらず、私はヤクモの気持ちを裏切る様なことをした。殺される様なことになったって、何の文句があろうか。私はちっとも恨む気持ちが無い。バラバラ死体になっちゃったって。

 何故か「石で殴ったのに、バラバラ死体になってしまった私」を見ても、そこでは無くて、「死体らしきものを二つも作ってしまった自分」に恐れ戦き、叫びながら、ヤクモは特に何の隠蔽を計るでも無く、逃げていった。

 お父さんは首が伸びるタイプのろくろ首。

 お母さんは内臓がズルッと抜けるペナンガラン。

 弟は実体の無い感じで頭と体の間が繋がったまま長くなる抜け首。

 私は飛頭蛮。

びっくりすることがスイッチになり、発動する。私はまだ死んでなかった。殴られて、死んでしまえれば良かったけど、頭と体が離れただけで、私は死んでなかった。私はごめんね、ごめんね、と頭から血を流しながら、ゆっくりと浮かび上がった。ヤクモ、ごめんね。逃げて行くヤクモに一言伝えたい。そのまま殴り殺されたって良いんだ。仕方ない。頭だけになった私は、とにかく伝えたくて、ヤクモの後を追うことにした。

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