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やすきよ

やすきよにはまっている。

テレビの調子があまりよくなく、
radikoでラジオを聞いたり、
YouTubeでお笑いを見たりする機会が増えた、

お笑いは和牛、中川家、サンドイッチマン、ナイツ、
なんかを好んで見てた。

5日ぐらい前、YouTubeの画面にやすきよが現れた。
YouTubeはもちろん、Googleでも検索してない。
Amazonでも探してない。
「やす」も「きよ」も「横山」も「西川」も、検索してない。

なのに出てきた。

大阪の友だちいわく。
「あの時代いっしょに漫才やってきた上沼恵美子からすると、
M-1の子たちの漫才なんて、ってことじゃないの?」

去年の霜降り明星も一昨年のとろサーモンも、
笑い飯も千鳥も銀シャリもジャルジャルもかまいたちも、
好きだけどね、わたし。

やすきよのときは、一家にテレビが一台だった。
家族でテレビを見てた。
みんなの笑い声が、茶の間で増幅した。
ちょっと自分にとってのツボを外しても
父や母や兄の笑っている声が、
外してるはずの自分の笑いも引き出した。

電話も一台だった。
漫才のときに電話がかかってくると、
家族に緊張がはしり、駆け引き心理戦が始まった。
「誰かとってよ……」

やがて子どもたちは自分たちの部屋を持つようになり、
テレビは一人一台になり(一部屋一台)、
子どもたちは部屋でテレビを見るようになり。
家族での笑いの共有は少なくなり、
やすきよは、ブラウン管から消えていった。

家族というコミュニティも質的変化してきて、
YouTubeや動画配信サービスで、
それぞれがそれぞれのタイミングでそれぞれの好みで
動画を見るようになったとき、
やすきよのような芸が受け入れられるか。

と、思う。

2

mura

1966年長崎県生まれ。早稲田大学政治経済学部、大学院公共経営研究科修了。田原総一朗スタッフを経て、早稲田大学客員准教授。大隈塾「たくましい知性を鍛える」を担当。
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