どこまでいっても自分と向き合い続ける旅

好きなことで生きていく=自分と向き合い続ける旅の続きのような記事になります。好きなことややりたいことで生きていこうとすると、必ず深く自分と向き合うことになると書きましたが、この作業に終わりはなく、一生、死ぬまで自分と向き合い続ける旅は続くのだと腑に落ちてきました。ある具体的な目標が達成されたら、またそこで別の悩みや目標が生まれ、それをクリアしたらまた別の悩みや目標が生まれ…という繰り返し。そのたびに自分と向き合って、乗り越えていくという作業に終わりはないのだと気づきました。

何かを始める時が一番エネルギーを使うし、大変なのはもちろんなのですが、やり始めたらやり始めたで悩みは生じるし、「私こんなことがやりたかったのかな?」と思うこともあるでしょう。そのたびに立ちどまって、また自分と深く向き合って、乗り越えていけば良いことです。気が変わって全然違うことを始めても良いと思うし、その過程の中である人間関係を終わらせることもあると思います。天体の影響もありますが、私たちは常に変わり続けていて、昨日と今日の私はすでに別人と言っても過言ではありません。昨日の悩みが今日は悩みではなくなるというのはよくあることですからね。

何かを乗り越えて次のステージにいったら、そのステージなりの悩みがあって、またそこでもがき苦しんで、次のステージへ…。アーティストが「充電期間」とかって言って休業に入るのもよくわかる。売れたいと思って地道にライブ活動して、売れたら売れたでまた別の悩みが生まれて、武道館行って、紅白に出て、海外公演やって…夢や目標を達成していってしまうと、次は何を目標にして行けばいいのだろう?と思うこともあるのでしょうね。夢や目標を見失うと、「自分は本当は何を望んでいるのか、何をしたいのか」にフォーカスされ、さらに深く自分と向き合うことになりそうです。

私にも具体的な目標はいくつかあって、それをまだ達成していないうちはその目標に向かってやっていけばいいという指針があるので、具体的な行動も起こしやすいものです。人生でやってみたいこと、こうなれば良いということを達成した先には、また新しい壁が待ち受けている。どこまでいってもゴールはなく、すべてはプロセスであるということ。「お金さえあれば」「時間さえあれば」「仕事さえあれば」「パートナーさえいれば」「子どもさえいれば」…いろんなことを思うものですが、その通過点を超えたらまた別の悩みができるわけで、大事なのはすべてその先のこと。究極的に、「自分はどんな風に生きたいのか、どんな人生を歩んでいきたいのか」、その問いにぶち当たるときが必ず来るのでしょうね。それは、今の時点では分からないことも多く、いろいろやって試して、失敗して、学んで気づくことなのだと思います。私たちは常に変わり続けているから、人生における大事なものも、価値観もどんどん変わっていく。一つの価値観にこだわらず、その時々で良いと思ったものを取り入れていけばいいし、それが一番自然です。漫画の作画や作風が変わるとか、アーティストの路線が変わるとか、よくあることですし、それで良いんですよね。

何か目標を達成したらもう一生安泰で、悩みもなく毎日を過ごせると言ったらそうとも限らず、そのステージなりの悩みや壁があるということ。悩みが一つもないという人はいないし、その「悩み」こそが人間の生きる意味や醍醐味とも言えると思います。「悩み」に直面して、自分と向き合うからこそ、大きく変容できるというもの。人生というのはどこまでいっても自分と向き合い続ける旅、終わりはありません。その旅を真剣に楽しもうとする人ほど、真の意味で心の充実感を得られる人生になるのではないかと思います。

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