「お金にならないこと」はやりにくい世の中

昨日は水瓶座の満月ということもあってか、一日中どこかぼーっとしていて、感情が不安定になった感じもしていました。いつものようにモヤモヤにフォーカスして、どんな感情が湧いてきているのかを注意深く観察、内観していったところ、「私はいつもやりたいことをやっているけれど、それがお金になっていないことが悩みなのだ」と気づきました。早く気づけよって感じなんですが(笑)、昨日はそこでつっかかってモヤモヤしていたようです。

この資本主義社会では、お金なくして生活できないようなしくみになっているので、どうしても本当にやりたいことをやりにくい世の中ではあると思います。世にあふれるお金を得るための「仕事」というのは、だいたい型が決まっていますからね。単純肉体労働系の低賃金の仕事は常に人手不足ですが、アート系、音楽系、演劇系、スポーツ系などの夢追い人が集まる分野は、それだけで食っていくのは相当な狭き門ということになります。多くの人が「趣味」にしているようなことはお金にはなりにくいものが多いでしょう。

昨日、大好きなサカナクションのラジオを聞いていたんですが、HPの過去放送記事をたまたま見ていたら同じようなことが書いてあったので、ここにも紹介したいと思います。(スクールオブロック 2016.8.4「自習」

先生ね、最近、勉強しはじめているんですよ。音楽のこともそうだけど、音楽以外のこともね。ミュージシャンってなんか切ないなって思うことがあってね。僕らはやっぱり、CDを作ることと、ライブをすることくらいしか大きな仕事がないのよ。表現することがないの。でも、先生はそれがつまんないなってすごい思うのよ。なんでそれしかないかって言うとね、先生が所属している会社が、CDを作ることとライブをやることでしかマネタイズできないんですよ。

知らない方のために説明しておくと、このスクールオブロックという番組では、サカナクションの山口一郎さんが先生、リスナーが生徒という設定になっていて、毎回先生がテーマに沿った授業をするというコンセプトなんです。

皆が憧れる売れっ子ミュージシャンであっても、CDを作ることとライブをすることでしかマネタイズできないことにもどかしさを感じることもあるようです。売る前提でしか表現ができないということ。売れるもの、流行るものを作るという発想にどうしてもなる。音楽の道で食べていくということはそういうことなんですね。

でね、先生がやりたいのが、誰にも曲を聴かせない曲を書きたい。先生ね、曲を書くときに、絶対に誰かに聴かれるっていう前提でしか曲を書かないんですよ。作ったらそれが商品になるわけですから、それを売りたいわけですよ、ビクターとかはね。商品にしなきゃいけないの。でも、商品にしないの。誰のためでもない、自分のためだけに曲を作るっていうのをやりたいなって思うんだけど、これはどうしたらいいかな。

まさにこれは「お金にならないこと」です。誰にも聴かせない、自分でただ聴くだけの音楽を作りたい、と。そのためのヒントがあるのではないだろうか、という気持ちで現代アートの勉強をしている、ということが書かれていました。作ればお金になるのにあえてそうせず、お金も他人も関係なく自分のためだけに曲を作れる状況になった場合、自分はどんな曲を作るのだろうか?という疑問が湧いてきたのかもしれません。お金のことや他人に聴かれることを前提として作った曲と、どう違うか、または全く同じようなものができるのか。私自身も興味がありますが、もしそんな曲ができたとしても私が聴ける可能性はない(前提が崩れますからね)のがもどかしいです(笑)。

そう考えると、お金というのは他者との関係性がない限りは絶対に生まれないもので、自分のために曲を作ったり、自分のために絵を描いたり、自分のために文章を書いている限りは絶対に仕事にはならないということです。仕事にするからには、絶対に他者の存在が必要なのですが、あまりにも他人軸で生きるようになると(ミュージシャンならば売れるために自分の信念を曲げて曲を作るとか)、そこに生きがいややりがいを見いだせなくなってしまうこともあると思います。だから、音楽はあくまで趣味レベルにして、お金は別のところで割り切って働くという選択もありだし、「趣味を仕事にしない方が良い」という世にあふれるアドバイスは、自分の思うような表現ができなくなる苦しみを覚悟しなさい、という忠告なのでしょうね。

現代社会の生きづらさの一つは、「自己表現できる環境の欠如」にあると感じており、「お金にならない」自己表現は、どうしても人生において優先順位が低くなる傾向にあると思っています。誰しも自己表現したいという欲求があり、すべての人が大いなるギフトとしての創造性を兼ね備えています。インスタントにお金になるような仕事は自己表現とは真逆のところにあり、均一性、没個性性が求められるので、そういった仕事で心身ともに疲弊しきってしまうのはある意味当たり前なのです。この問題についての自分なりの結論はまだ出ていませんが、「お金と自己表現」の関係を読み解いていくうちに、この疲弊した社会を少しでも生きやすくするためのヒントが見つかるのではないかと確信しています。

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