権力者よりも自分を信じよう

私は結構他人の意見に左右されやすいタイプで、たまに「SNS離れ」したくなる時の心境に書いたようなFB見ない時期があったり、なるべく外の影響を受けないように内にこもりがちになる時もあります。特に、自分がすごいなぁと思っている人、今だったら高城剛さんとかホリエモンとか、の発言とかにはすごい影響されるし、あんな大物の方が言っているならそうなのかも、私もそうした方が良いのかも、と思ったりして、自分軸みたいなものがぐらっぐらに揺らぐこともあります。まぁ誰しも少なからずそういう側面はあると思いますが、私は特に「すごい人」(と思っている人)に影響されやすいという自覚があります。

「自分の考え」みたいなものってそもそも誰かの借り物の言葉だったり、本やネット、聴いた話などから構築されていくものだと思うので、他の人の影響を全く受けないということはないでしょう。そういう意味では、いろんな人の考えを見聞きしたり、本を読んだりすることはとても有意義だと思います。そもそも自分というものがわからないからこそ、他人が存在しているとも言え、スピ的に言ってもそれがこの世の分離の原点だったりするのですが、他人を見て自分はこうは思わないな、とか、この人のこの意見にはすごく共感するな、といった感じで「自分」を知ることができますよね。周りにあるものはすべて自分の鏡なのであるから、自分の良いところを相手にも見出したり、嫌だなと思うところを見出したりもしているということ。自分と何も共鳴しないものはそもそも目の前に現れませんからね。

現時点でこの世に何か実績を残していたり、有名だったり、お金持ちだったりする人は、発言力や影響力が強まるので「インフルエンサー」と呼ばれたりしています。そういった方の鶴の一声的な感じで物が売れたり、ネット上でその話題が持ち上がったりするものです。私も上記の通り、真に受けやすく影響を受けやすいところがあるので、そうかぁそれ良いのかぁと思ってその話題を調べたりすることもあります。たとえばそういう方が「○○な人は今後生き残れない」とか言おうもんなら、「私○○な人かも、ヤバイかも」と思ったりすることもあったりと(笑)、結構信じやすいところがあるんですよね。で、そのたびに「あ、いま真に受けた。私は本当にそう思う?」と自問自答したりしています。一呼吸置くと、「○○でも別にヤバくないでしょ」と心の底では思っていることに気づくものです。良い影響や刺激を受けることもあるけれど、やっぱり盲信は禁物で、軸がぐらぐら揺らぐこともあるので、ハートに手を当てて自分の本心を確かめることはとても大切だなと思っています。

今影響力がある人は確かに実績を残していたり、支持される何かがある人だと思います。ただ、それは「今」そうだというだけでもあり、たまたま成功したり、たまたまうまくいっただけの人かもしれません。売れ続けるために必要なことを考えるの記事にも書いたのですが、一時的に売れることはできても、それを持続するのは本当に難しいことで、そのためにはやはり小手先のテクニックではなく、本質的なことや普遍的なことを見ていかなければならないと感じます。たまたま今ノリにノリに乗っている人の意見や考えが、すごく優れていて参考になるかというと、必ずしもそういうわけではないと思います。やはりその辺りをしっかり見極めた上で、自分の考えを明確にしていく必要はあると感じますね。

今日の記事は自戒的で、他人の意見に影響を受けやすい自分への忠告とエールでもありました(笑)。何かに盲信する人がちょっと苦手だなと感じていたのですが、まぁやっぱり自分にもそういうところがあるからこそ他人の盲信する姿が嫌なのだなということ。本当に相手は鏡ですね。これも元をたどれば、小さいころから「親が絶対」と思って親の顔色を伺って生きてきたことの現れでしょう。ここでも幼少期問題が浮上するのですね。他人の意見にぐらつきやすい自分をよく見つめ直し、他人がどう言おうと流されない自分の考え、自分軸を確立していきたいなと改めて思いました。

note過去記事一覧はこちら

ホリスティックな健康をサポートするGreen Cosmoのページはこちら

「note見た」で友達申請→村上遥のFacebook

Twitter再開しました!→Twitter

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?