やりたいことと周囲のニーズ

好きなこと、やりたいことを仕事にしていこうと思った時に必ずぶち当たるのが、「周囲のニーズにどこまで合わせるか」ということだと思います。あまりに求められるものとかけ離れすぎても仕事にならないし、お客さんのニーズに合わせすぎても自分を殺すようで苦しいです。その辺りはうまいこと折り合いを付けていく必要があるのだなと日々感じています。

一般にどう受けるか、ということもそうですし、一緒に仕事をしている同僚や仲間からのニーズもあると思います。私は事務作業が割と得意なので、アルバイト先でもPCに入力する作業があればメインでやらせてもらっていますが、苦手な手先の器用さが求められるような作業はできるだけ避けて通ろうとしています(笑)。これはまさに「適材適所」の考え方で、得意なことや私がやった方が早いものについては進んでやりますし、私の負担も軽いので双方にとってプラスになると感じます。

今のアルバイト先の仕事については、私自身もPC作業の方が楽だし有難いと思って取り組んでいますが、中には得意でできるし周囲にやってほしいと言われるけれどやりたくないこと、というのもあると思います。あまりに周りの依頼やニーズを受けすぎると苦しくなるケースというのは多々ありますよね。自分が心地よい範囲で受けられれば、役に立てて嬉しい、という気持ちにもなるものですが、自分の気持ちが苦しくなるほど受けすぎなくても良いと思います。苦しくなるほど他人の期待に応えようとしてしまう時というのは、自己肯定感が下がっている状態とも言え、「他人の役に立てない限り自分には価値がない」という思い込みも見え隠れします。

何度も書いていますが、今の私は本当に身体が正直で、やりたくないことや気が進まないことに関しては、全くと言って良いほど興味関心が湧かないし、手が動かないんですね。自分の気持ちや魂の本音に反することはやれなくなってしまっています。ですから、自己肯定感を保つために他人の期待に過度に応えてしまい苦しくなる、という状況は、やろうと思ってもできないと言えるかもしれません(笑)。今までは多くの日本人が持っているような、いい人と思われたいとか、私が我慢すれば的な考えがあったし、NOと言いづらいところがありましたが、その抵抗感は今やだいぶなくなってきたなと感じますね。

周囲の期待に応えようとすることを否定するつもりはないのですが、自分が心地よくやれる範囲にとどめようと思いますし、自分の好きなこと、やりたいことを自信を持ってやっていく勇気はいつも持ち続けていたいと感じます。「好きなこと、やりたいことしかやらない」という姿勢を保ち続けるのは、周囲の目を気にする傾向の強い、我慢を美徳とする日本人にとっては、かなり難しいことのように思えますし、すぐに結果が伴わないとどうしても他人のニーズに合わせようとしてしまうことが多いです。究極的には、他人に受けるとか受けないとか全く度外視して、自分のスピリットをのびのびと自己表現することが楽しく豊かに生きるコツだと思っていますが、それを始めからできる人はもうやってますし、このnoteを読んでいないはずです(笑)。一回世間の常識や固定概念に染まりきってしまった人が徐々に自分を取り戻すリアルタイムな記録なので、あまり急に変わろうとせず、少しずつ段階を踏んでいければよいのかなと思っています。

「他人受け」を意識するのって、最後の最後のトッピングや微調整に過ぎず、大きな枠組みとしての好きなことややりたいことに大きな影響を与えるものではないと思っています。そのためにも、自分自身の大きな軸というかぶれない芯のようなものは、自分でよく把握しておくと良いでしょうね。そのためにも、やりたくないことは身体が動かないくらいに自分の感覚を研ぎ澄ませておくのは大事かなと思っています。他人の評価に惑わされずに自分の価値を認められるような、「根拠のない自信」の大切さを今日もまた身に染みて感じました。(参考:実力は「根拠のない自信」ありき

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