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「イジリかイジメ」というキャッチーなワードが思考の多様性を奪う

ある小学校のクラスに物静かで勉強もスポーツもできず、根暗で友達もいなくてアゴがしゃくれてる子供がいるとする。彼は毎日のようにいじめッ子グループからそのしゃくれたアゴをバカにされ続ける。その悩みを親や学校にも言えない、ネットに逃げ込むも、学校に通うという以外の選択肢は思いつかない。学校は大人になったら小さな世界だと思えるがその町に生まれた彼には大きな世界で、そのクラスの中で生き延びるために一か八か、それを逆手にとって笑いに変えるという決断をする。

ある日、イジメッ子はいつものように彼のアゴをバカにし、クラスメイトを笑わせようと「お前のアゴは靴ベラか?」(テレビに出てる芸人のマネのようなイジリ)をする、冷笑するまわりの生徒「クスクス…笑ったらあかんけど笑える…笑」いじめられっ子「ならおれのおかげで靴擦れがなくなるねんから、新しい靴買った時は呼んでね」クラスメイト「わはははははは」いじめッ子「…」見事なカウンターパンチ、いじめられっ子はこの場の笑いの手柄を全部持って行った、翌日からいじめられっ子はクラスのヒーローになる。今までいじめっ子の目先の笑いを取るための道具として使われていた彼が、自分のコンプレックスを、ユーモアひとつで武器に変えクラスの人気者へのスターダムを駆け上がる。

彼は嬉しかった、勉強もスポーツもできない自分がみつけたコンプレックスを笑いに変えるという才能。彼はやりたいことが見つかる、それはお笑い芸人。

そしてお笑い芸人の事務所にはいる。しかしその世界は全国から同じような境遇を持つ劣等感を笑いに変える人たちの甲子園。ハゲもデブもアゴも貧乏もそこでは立派な武器だ。ハゲてデブでしゃくれてる無敵のやつもいる。しかしそれはあくまで武器で扱い方ひとつで可哀想な空気にもなるので、笑いの取り方という武器の扱い方を日々の楽屋や舞台、飲みの場というサバイバルの中で学ぶ。生き残りをかけたサバイバルだけどなにか楽しい。いじり合いは肯定のしあい。ハゲもデブもアゴも、学生時代、不幸を生んでいたコンプレックスをカードゲームの強いカードのように繰り出しバトルする。おい、おれのコンプレックスこんな世界に連れてきてくれてありがとうと感謝する。

もちろん、当て逃げしたやつ、飲酒運転したやつ、不倫したやつもいじられる。「やめろやめろー」と言ってはいるが彼らは楽屋で「いじってくれてありがとう」とお礼を言ってる。これは犯罪擁護ではない、これは救いのようなものだと思う。

何年か前にある芸人のお父さんが自殺した。その芸人は舞台の最中、いつもよりおとなしかった。すると、まわりの芸人は「お父さん首吊ったやろ?」と突然、言い出した。すると違う芸人が「お父さんのキーホルダーでてないの?」などと言っていじりだした。するとほかの芸人は「いま天国からお前のお父さん見てるで、チケット代も払わずにな!!」と。彼は「やめろよおお!」と言って嬉しそうにつっこんでいた。その夜の打ち上げでお酒を飲みながら彼は「救われた、ありがとう」と言って泣いていた。

この話を伝えるのは難しい、ただ彼の心は救われた。これはいじめではない、いじりでもない、彼を楽にした。それは温かい、なにか、だ。しかし、これをテレビでやると、最低だ、可哀想だ、このお父さんが亡くなった芸人さんは、本当は嫌だと思う、という憶測の勝手なクレームが飛んでくる。そしてそこはカットされるし、カットされるものは誰も口にしない。

最近は「いじめかいじりか」というキャッチーな謳い文句に惑わされ、つい二択になってるけど本当はそこには場の空気と人の気持ちと様々な複雑なものが混ざり合ってると思う

だからこそ皮肉な話。いまのバラエティはイジメられてた側がいつのまにかいじめっ子にみられてる。もしくはそう思われだしてる。

アゴがしゃくれていた彼のやっと掴んだ居場所は今後少しづつなくなっていく。これからのテレビの時代は、いくら本人が「僕のアゴをいじってもいいですよ」と言っても「テレビみてる子供がアゴが出てる人がみんなバカにしていいと思うのでアゴのいじりはなしでお願いします」と言われる時代になる。今まで、本人が言うのは唯一の許されてたものが許されなくなる。彼のとびでたアゴは一切ふれられず、ふれちゃいけないものになり、みちゃいけないものに変わっていく。人と違うその長いアゴは無くすことはできない、あるのに。あるものにブルーシートをかけてないものにする。そのブルーシートに隠されたものは彼に居場所を作ってくれた彼の大切な友達なのに。彼がどこかの同じようなアゴを持つそのアゴにふれられたくない誰かの居場所を奪う可能性があるからだ。

痛みに鈍感なやつのいじりは事故を起こす、笑いが欲しけりゃ痛みに敏感に、そしてエレガントに。という自戒を。

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