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村を燃やす 自選短歌 / 丸山るい・岡本真帆

村を燃やす 自選短歌 / 丸山るい

揚々と電話を切ってそのあとはさみしいいかだとなって過ごした

真夜中を素手で歩めば向こうからけものそれからおおきなけもの

戸外は春 その明るさに騙されて百葉箱を開けてしまった

あれはダリ、あれはカトレア あと五百メートルほどで火葬場に着く

真っ青なれんげあかるい中華粥もうなつかしい事件の話

一度だけ抱きしめられて内臓の位置はまるごと変わってしまう

永遠のラットレースよ まひるまに計量カップで飲む水の味

隣人が打つたび釘と心臓の位置はたしかに近づいていく

たましいのいちばんやわらかい部位を教えてしまいそうな長雨

教会で朝にもらっていた鳩のシールに出会うこんなところで

できるだけ意味を受け取らないようにハツカネズミの眼で読む手紙

ゆっくりと回路に水は満ちてゆき岸と岸とにふたりは戻る

地獄にもドリンクバーはあるのかな斎場ばかりふえてゆく町

デロリアンにもスプートニクにも乗る犬のえらさ午後から東京は雨

石を置くような会話のしずまってやけに明るいジョナサンを出る

亡霊が出るから塞いであるというクーラー純度の高い性欲

人影を指でつぶせば京阪の窓に指紋の増えてゆく春

首を狩るようなかたちの疑問符だ乾いたパンをひとりで食べる

恋人と元恋人のベランダを抜けるそのとき一瞬の夏

気を抜けばすぐに凶器になりそうな電気コードを正しい位置へ

前髪をあまりに切り揃えたから花はバケツのままで枯らした

ケージにはふたつのめだま電話する老女が腰をかけてるケージ

満員の電車のなかの全員に心臓がありとてもうるさい

ふとひらく頁に虫の死んでいて森茉莉全集二巻だけ墓

開かれず差し戻された封筒のように真白いブラウスを脱ぐ

まばたきをする一面は虹になるとてもしずかなたたかいになる

海水と真水の花瓶なんどでも間違えられてしまうと思う

ひとつだけ温色の違う電灯を見ている遠いとおい団地の

なんとなくすべて終わりになりそうな朝に輝く蚊柱がある

誇られてたなびく巻き毛なにもかも忘れるうつくしい河川敷

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村を燃やす 自選短歌 / 岡本真帆

白すぎる箱に入ってふざけてるのかと思えば寝顔だ君の

おそろいの雪玉だったたいせつに守っていたら溶けてしまった

喪失のあとが残っていることをこだまみたいに響かす手紙

しねまって名前を呼べば草原はスローになって焼き付けてくる

戸を開けて出て行く人のそれぞれの額にそれぞれ注ぐ陽光

花束はパンのかわりになりますか辿って会いに来てくれますか

だいたいの30㎝示すとき手と手にまぼろしの竹定規

おやすみと唱えたあとのおやすみのことだま眠るまでそこにいて

真っ暗な部屋で目覚めるとき泥はそっと私のかたちに戻る

混乱を恐れ信号トラブルと告げたミサイルだと明かさずに

卵をかるくにぎるくらいの手加減ときいて卵を両手ににぎる

いますぐに殺めることをためらえばゆっくりと死ぬ真水のあさり

ありえないくらい眩しく笑うから好きのかわりに夏だと言った

水底の石をとるため視界からきみが消え去り 永い静寂

つまんでもつまんでも犬めくるめく抜け毛の季節こえてゆけ、犬

庭は夏過去になる夏 水たまり飲んじゃだめって言っているのに

天国と書かれた紙を引き当てて迷うことなくきみにあげたい

さわれないたとえのひとつ反対の車線を走り去るターャジス

ただいま夢が大変混み合っておりますただしい夢におつかまりください

間違った鍵を選んで正解じゃないのに飛び出してくれた虹

現場から病院までの犬という犬を吠えさせゆく救急車

犯人は盲目らしい飾られた家族写真は逆さのままだ

噛みしめた奥歯に気づき空洞をつくるコスモスただ揺れている

まぼろしのマトリョーシカを開け放ちあなたと会った日の花ふぶき

犬 朝食 同級生の愛娘 犬 丁寧な暮らし 犬 犬

落ち着いた声のあなたがうれしくて思わず話しかけた留守電

透きとおる水を揺すって水出しのパックは底へ沈む静かに

ほぐし水のようなあなただ何もかも光ってみえる冬の坂道

水切りの石跳ねていく来世ではあなたのために桃を剥きたい

桃のこころ炎のこころ泥のこころ 駆け抜けるものぜんぶが私

(2017.1 - 2018.1 村を燃やす)

村を燃やす:岡本真帆(@mapiction) /  丸山るい(@in_ruins
photo by nakamura shintaro(@nakamuran0901

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