現代詩「ぱ りん / 雨情」

「ぱりん」

ぱ りん
と月が割れました
月かと思えば煎餅でした
油で揚げた金色の
月が半分
視力も半分
あなたの顔がぼやけて
誰だか分からない
忘れてしまった
この数年間で
少しずつ

ぱりんぱりん
ぱりん
何の音

ハンプティ・ダンプティ
割れた煎餅は縁起が悪いので
袋詰されて半額になります
僕は煎餅を買いたいのではなくて
縁起を買いたいのだ
割れてない
個包装の満月を

其を海の上に浮かべれば
中天に伸びる一条の
月の細道
裸足になって踏み出せば
遊ぶ波の心地よきこと
身を滅ぼすことの
止まれぬこと

音が聞こえる
認識の壊れる音が
内耳に響いて目眩んでいる

そうして山より迷い出た
一匹の山繭蛾
月の光が眩しくて
天地を失って
くるりくるり
走光の性は
恨めしき
一晩を飛んで
朝に地に堕つ

明け方
僕の貧相になった肋骨に
下弦の月が浮かんでいる

ぱ りん
と月が割れました
月かと思えば肋骨でした
油で揚げた金色の
月が半分
肋骨が半分

肋骨をなぞり
あなたとの関係が
音立てて壊れる
軽やかに

ああ
僕の煎餅は割れてしまった
ハンプティ・ダンプティ
月とともに
肋骨とともに

--------------〈 キリトリ 〉--------------

「雨情」

空が割れて
半身の隙間から
ざんざざんざと
降り出す雨です
冷たくて
質量の重たい雨です
今宵の雨は
突然のことなので
傘は持っておりません
ぱ りん
と音を立てて
割れる煎餅
もうとっくに
湿気ております
塩気も金色の輝きも
失って

ぱりんと鳴った貧相の音
プラスチックの人工関節が
割れる音
浴室の壁材に穴の空く音
幼子の玩具を踏み潰す音
ヒビが入ったポートレート
この軽薄な音の輻輳に
壊れる人生
壊れる人々
僕の人生の中で
軽薄に関係は壊れる
軽薄に

三月の
雨情は凍てて
身を穿つ
我が身濡らせたまま
今はなき
足音追いかけてみようか
夜の砂浜

(現代詩 「ぱ りん / 雨情」村崎カイロ)

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