「あける」眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー201902

noteユーザー様の新旧作品を一つのテーマで綴る眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー。2019年2月のテーマは「あける」。開ける、明ける、空ける、飽ける。様々な「あける」の世界。
繰り広げられる新たな扉、珠玉の16編をお手に取り、どうぞお開け下さいませ。眠れぬ夜はあなたと共に。眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー第10回の幕開けです。

目次

01 パンク「そのまんま来なよ」ヤマダマキオと死んでるボーイズ
02 イラスト「扉にあると困る張り紙」kaeruco
03 コラージュ「世界の果て~The End of The World」ジャン=ピエール
04 詩「水鳥のささやき」fuyuno coat
05 ショートショート「扉」夢蒟蒻
06 掌編小説「アケレル」クマキヒロシ
07 私小説「あけてはいけない」民話ブログ
08 フォト「ロンドンの家の扉をひたすら愛でる会」CHIORI LONDON
09 掌編小説「空ける、空ける、開ける」アセアンそよかぜ
10 掌編小説「パンツパン屋」ひろし
11 漫画「住人202号室(1)」詩原ヒロ
12 短編小説「アウトライダー」拙
13 四コマ漫画「安心をするには証拠が必要だ」小山コータロー
14 掌編小説「お風呂だよ!」ウネリテンパ
15 掌編小説「開ける」くにん
16 漫画「確認症の男とロボットの話」電気こうたろう(イエ・ネコゾウ)

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解題

パンク「そのまんま来なよ」ヤマダマキオと死んでるボーイズ


ヤマダマキオさんのパンクロックです。
抑圧からの解放。それがパンクムーブメントであると私は思います。そしてその解放は理論やテーゼなどからの解放でもあると。
好きか、嫌いかという根源的な精神作用を衝動的に募らせていくことがパンクであると。
ヤマダさんのこの曲は全て捨てきった白紙から衝動によって生み出されました。「パンクを語る資格」。ラモーンズもシド・ビシャスも知らなくたって「パンクが好きだ」と言えれば誰だってパンクです。パンクに成りうるのです。ヤマダさんとパンク。新たな扉が開きました。


イラスト「扉にあると困る張り紙」kaeruco

kaerucoさんは大変多作なクリエイターです。
毎朝、「今日は何の日」シリーズがアップされます。それも日によっては二つも三つもアップされます。毎日楽しみにしております。
私は最近の小さな女の子たちが毛むくじゃらのモンスターと格闘するイラストがお気に入りです。白い背景がシンプルにモダンで格好良いです。
本作はkaerucoさんが二年前に描かれたイラストです。
noteの検索機能で二年前という時空間を漂ってみると、すでに更新の途絶えた遺構が多いですが、活動経歴が長くなるほど勢いづくkaerucoさんのバイタリティは偉業です。
「扉にあると困る張り紙」は異世界の行きの秘密の扉。このアンソロジーもこれから様々な秘密の扉が開かれます。開いた扉は「ジョハリの窓」のように未だ見ぬ自らを見つける扉かもしれません。
因みにこのイラストは前後の作品と併せて「扉」シリーズを構成しています。他の扉も合わせてお楽しみ下さい。


コラージュ「世界の果て~The End of The World」ジャン=ピエール

コラージュは出拠の異なる様々なオブジェクトをレイアウトして一つのテーマへ昇華していくアートです。
まとめ方が悪いとゴチャゴチャした悪趣味なものになってしまいますが、ピエールさんの作品は元々存在する一枚絵のようなシンクロニシティを醸し出しています。この編集能力は相当なものです。
「世界の果て」は古いモノクロ写真を使用しています。しかし印象は未来そのもの。これからやってくる世界の終わりを感じさせるようなディストピアです。異世界の扉がここに開かれん。
アンソロジーを巡る我々もこの異世界を通り抜けて次の扉に向かいましょう。


詩「水鳥のささやき」fuyuno coat

ビクトルエリセ 「ミツバチのささやき」をモチーフにした作品です。
静謐の映画のような世界です。少女は牛乳を取りに行きますが、もう牛乳は品切れになっていました。湖にやってきた水鳥たちもいません。
いつもある筈のものが、ない。そこにドラマが生まれます。
日常に生まれた小さな分岐点。
たったそこから大きな非日常が始まるかもしれません。
きっと少女の成長の物語が。
透明感のある世界を描かせるなら冬野さんですね。とても美しい世界です。穢れを知らぬ子どもたち。それを取り巻く世界は残念ながら其処まで綺麗なものではないかもしれません。そう言った対比が冬野さんの作品にはあります。だからこそ、透明なものが際立ちます。


ショートショート「扉」夢蒟蒻

夢蒟蒻さんのショートショートです。
「これは夢だ」と自覚のある夢を最近は「明晰夢」と呼ぶそうです。
明晰夢の世界は異世界とつながるのだとか。
明晰夢を自由自在に操ることで超能力や霊感、はたまた予知能力に目覚めるとかなんとか。
そういえば私も子供の頃に聞かされた「これが夢だと気付いた者は夢の番人に掴まって夢の世界から帰って来れなくなる」という地味な怪談に怯えたものです。
夢、の世界とはかくも我々を魅了します。いっそ夢から帰ってこれなくても良いかも、と最近思う所ではありますが、実際に帰ってこれないのも困るので自重します。
小説の中で突然現れた「扉」。それはいつも見る夢に出てくる「扉」です。一体、扉は何処につながっているのでしょう?
この扉、開けますか?どうしますか?


掌編小説「アケレル」クマキヒロシ

何ら変化もない「日常」というものを我々は生きております。
今日も明日も何もない。何ら変化のない暮らしを嘆きつつ、時に波乱の予兆を待ち望みます。しかし一方で日常が非常に脆く簡単に崩れ去ることも知っています。
クマキさんの小説の主人公は交通警備員のアルバイトをしています。
車通りも少ない深夜。
誰も来ない場所に一人、赤く光る警棒を持って佇むのが主人公の「日常」です。周囲には誰もいません。
工事現場を挟んで反対側にいる相方と通信でつながっています。
ここから始まる非日常。
しかしその非・日常的な出来事は生々しくリアルです。デビッド=クローネンバーグという映画監督が悉く「内臓」的な描写を好みましたが、本作品もまたそのような器官を感じさせるものでした。

小説「あけてはいけない」民話ブログ

暗黒神をこよなく愛する民話ブログさん的私小説です。最近、お仕事が変わったそうです。民話ブログさんの民俗学的視点から語られる川崎という町の描写が大変面白いです。
その民話ブログさんのお仕事はインターネットに黒魔術を組み込む仕事・・・?ちょっと私のような年寄りにはついていけませんが、さすが若い方は難しい仕事をこなされております。きっと世の中の役に立つことなんでしょう。しかし、職場の人間関係は大変そうです。
私も社会的に脆弱なのでなんとか人間関係の薄い仕事に就きたいと思っておりますが、悲しいことにどんな仕事もニンゲンカンケイが付いてきます。仕事を発注するのもニンゲン、受注もニンゲン、取引先もお客もニンゲン。先輩も後輩もニンゲン。更にニンゲンはスキナヒトとキライナヒトに二分されます。全くもって厄介です。いっそ無人島で暮らそうかとも思いますが、悲しいことに私は孤独に耐えられないのです。一体、我ながらどうしたいんだ、と民話ブログさんの生活をなぞりながら内省しておりました。
このシリーズは小説ですが民話ブログさんの実生活とリンクしておりますので、展開に予断を許しません。陰ながら民話ブログさんの向後のご多幸をお祈り申し上げます。


フォト「ロンドンの家の扉をひたすら愛でる会」CHIORI LONDON

ひたすらドアの紹介がされています。
面白い試みです。このドアの数だけ、ドアを開ける人々がいるのです。
ドアの写真は人々の生活の写真であるとも言えます。どんな人たちがドアの向こうに暮らしているのでしょう。
ドア、ドア、ドア。
ところでドアにナンバーが振ってありますが、このナンバーに昔観た映画を思い出しました。ピーター=グリーナウェイ監督の「数に溺れて」という映画です。動物の死体とか昆虫の死体とか、ひたすら街中に転がっている「死」にナンバーを振る映画だったような気がします。音楽がマイケル=ナイマンで、映画の奇天烈な内容に似合わず大変美しい音楽が流れていました。


掌編小説「空ける、明ける、開ける」アセアンそよかぜ

アセアンそよかぜさんの小説。アジアンなものに大変造詣が深く勉強になります。
今回の題材はアンコールワット。
アンコールワットは8世紀から15世紀にかけて栄えたアンコール朝の遺構です。王族の威光を示すために12世紀に巨大寺院の建築が開始されました。建築年数はおよそ30年。建築にあたっては数万人の職工たちが働いていたようです。しかし、その後に他国からの侵略を受け王国は衰退。アンコールは陥落しました。廃墟となったアンコールワットは100年の間放置され森林に侵食されていきました。
森林に埋もれた大寺院はこのように出来上がったのだそうです。
アセアンそよかぜさんのガイドと共に楽しむアンコールワット。ご堪能下さい。


掌編小説「パンツパン屋」ひろし

異才「ひろし」さんの小説です。本アンソロジーでも以前、ひろしさんの「卍ル夜に卍て」という奇怪な小説をご紹介致しました。
ひろしさんの小説ではあらゆる性癖が暴露されていきます。異常な行動も多いです。しかし、それらの登場人物はその奇妙さとは裏腹に須らく理性的であり、至極常識的な思考の持ち主たちです。
我々自身もウチとソトに分かれた存在です。我々は自らを真っ当な常識人と自称します。しかしそれはソト側に向かって開かれた表面に限った話であり、我々のウチ側は人には明かせないアブノーマルな性欲が渦巻いているものです。つまり人は一般に秘匿した自己を持つ限り、すべてアブノーマルな存在であると、言うことができます。我々は我々自身を描写しようとする時に、其処に蓋をして目を背けますが、ヒロシさんは常に登場人物たちをウチ側、つまりアブノーマルな側面から描こうとします。
本作品もウチ側から描かれた登場人物たちの物語です。山岳で二人の男が対峙します。その緊張感。そのリリシズム。引き込まれます。

漫画「住人202号室(1)」詩原ヒロ

商業誌に「おねいも」「冥婚の契」などを連載していた詩原ヒロさんが、昔描いた漫画をnoteで公開しています。
あるアパート。其処に暮らす住人たちは一癖も二癖もある人間ばかり。この主人公すらそんな「癖」の強い人間です。
そんな住人達のドア越しの交流。時に暴かれる私生活。
強烈な個性がドアを突き破って露出してしまった事の「非日常」の数々が面白いお話です。
本編は第一話。詩原さんのnoteでこの続きが読めます。


短編小説「アウトライダー」拙

私です。この小説に出てくる登場人物たちは映画「イージーライダー」さながらに当て処ない旅に出て、沢山の人々と出会うという続編が(脳内に)あります。


四コマ漫画「安心をするには証拠が必要だ」小山コータロー

小山コータローさんの四コマ漫画。
「鍵締めたっけ?」とか「コタツの電気消したっけ?」とか。何故か全く覚えてません。そんな時に「確認動画を撮っておくと良いよ!」という四コマです。たった四コマに「まさか」を盛り込むこの発想。見事ですねえ。
センスが練磨されています。
さて、今回アンソロジーでご紹介するにあたり小山コータローさんについて調べました。
小山さんの来歴は元東京NSC所属。NSCを辞めた後、2010年に伊笑之会を設立するとともに自身は「モノス・グランデ」というお笑いユニットを結成。「違和感コメディクリエイター」を名乗り地元でライブパフォーマンスを行っていたそうです。2018年の春に漫画「だがしかし」の原画展を観て感動したことから突然四コマ漫画を描き始めます。描き始めて一年も経たないうちにwithnews×コルクBOOKSが主催する「文化祭の黒歴史」で大賞を受賞。
人に歴史ありと言いましょうか、面白い方もいたものです。


掌編小説「お風呂だよ!」ウネリテンパ

みんな大好きウネリテンパさんです。今回のテーマは「生活と戦う」。我々素朴な生活人は納税の恐怖に怯えながら暮らしています。日々の暮らしに擦り減る毎日です。満身創痍。疲弊の塊です。
しかし、我々は立ち向かわなければなりません。
「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」(石川啄木)
虚無感に襲われつつも戦わなければなりません。
しかし一体何を武器に?我々は甚だ無力です。
そう言った重いテーマを軽々と語るウネリテンパさん。今回のお話に勇気づけられる人も多いのではないでしょうか。少なくとも私は大変勇気づけられました。ありがとうございました。


掌編小説「開ける」くにん

探偵社にやってきた相談人。その依頼は探偵の生業からは少し外れているようです。しかし我らが探偵はどんな難問も見事に解決致します。それもミステリアスで摩訶不思議な方法で。
今回のアンソロジーのテーマは「あける」です。
我々はいつも自分自身と対峙しています。自分自身を見定めようとしております。しかし解題の冒頭に出てきた「ジョハリの窓」のように、我々は自分自身を見定めきれません。私の知らない私がいます。
その私はどんな私でしょう。怖い私、悲しい私、奇妙な私が「私」の裏側に潜んでいます。しかし、それらはすべて「私」の可能性。無限に分岐する「私」の未来です。
本当にあけたいのは「わたし」。
その「わたし」が開くとき、同時に人生も開けます。
人生は希望に満ちています。
目を開ければ、希望が見えるのです。
くにんさんの小説からはそんなメッセージが聞こえてきます。


漫画「確認症の男とロボットの話」電気こうたろう(イエ・ネコゾウ)

イエ・ネコゾウさんの漫画です。
アンドロイドと暮らす男。彼は確認症です。
毎日が不安で仕方がない。
エビングハウスの忘却曲線なるお話がありまして、人間の記憶は短期記憶と長期記憶と二種類があります。例えば目の前を走っている車の車種や色は確かに目に見えている筈ですが、全く記憶に残りません。この覚えようと意識しないものは短期記憶になります。その把持の時間はおよそ2秒。人間は茫漠としているとたった2秒間の中にしか生きていられません。
注意散漫な方は記憶を長期記憶に組み込むことが苦手ですから、ともすれば全く自失の中に暮らすことになります。
それは恐怖です。
その恐怖は更に意識を散漫にさせて記憶力を欠落させるのです。
不安と安らぎの狭間に暮らす男のお話です。
私自身、このような不安を抱えるだけにこの物語に共感を覚えます。是非、ご覧ください。

おわりに

今回のアンソロジーでは実に様々な扉が開きました。
人それぞれ開ける扉は異なる。面白いですね。
早いものでもう2月です。夏が暑いと冬はインフルエンザが流行するそうですね。未曽有の猛暑は未曽有のインフルエンザ流行につながりました。
皆さんご無事でしたでしょうか。
なんとも不穏な幕開けとなった本年ですが、くにんさんの小説が示唆する通り明るく末広がりに開けていく一年となりますようお祈りしております。

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