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絵のない絵本「魚の化物」

農夫がいた。

ある日お腹を空かせた農夫は水車小屋を後にして、旅に出かけた。

道端に年を取った岩男が座っていた。
彼の体は岩石でできていた。頑丈な体でよく働いたものだが、年を取ってからは関節が固まって動くのも難儀するようになった。

「何処へ行くんだ」と岩男が言った。
「食べるものがないから、食べるに困らない国を探しに行くのさ」
それを聞いて岩男が言った。
「よし、俺も行こう」

また旅を続けていると道端に木男がいた。
彼の体は木でできていた。若いうちは枝もよくしなって働けたものだが、年を取ってからは中身がスカスカになって枝がポキポキ折れてばかりいる。

「何処へ行くんだ」と木男が言った。
「食べるに困らない国を探しに行くのさ」と岩男が言った。
「よし俺も行こう」と木男が言った。

三人が歩いていると道端に麻紐男がいた。彼の体は麻紐でできていた。
若いうちは物事を固く結びつけて、よく働いたものだが最近はすっかり緩い。結うこともままならず仕事もなくしていた。

「何処へ行くんだ」と麻紐男が言った。
「食べるに困らない国を探しに行くんだ」と木男が言った。
「よし俺も行こう」と麻紐男が言った。

四人になった道連れが歩いていると海に出た。
水平線が広がっている。
海は何処までも広く青い。
砂浜に四人は座ってしばらく海を見ていた。

「海には魚がいっぱいいるじゃないか」と農夫は言った。
「ここで魚を取って暮せば食うに困らない」
それに気付いて四人はとても喜んだ。
まず石男が海に入っていった。
入っていったが石なのでそのまま沈んで戻ってこなかった。
木男が慌てて石男を探しに海に入ったがたちまち波に流されてしまった。
農夫はこれを見て麻紐男の体を使い自分と海岸の雑木を結わえて海に入った。
結び目の緩い麻紐男は途中で雑木から解け農夫諸共波に流されてしまった。

流された農夫が海の中を泳いでいると、海底に大きな宮殿があった。
宮殿には海の王と海の王女が暮らしていた。立派な宮殿であるが、そこに暮らす者がみんな泣いている。

「どうしたのですか」と農夫は尋ねた。
門を警護していた番兵は言った。
「夜になると大きな魚の化物がやってきて、宮殿の中で暴れるのだ。お陰で毎晩眠ることもできず、この国の人々は泣いて暮らすようになってしまったのだ。」

「それならお安い御用です」と農夫は言った。
王様のところに出向いて自分が魚の化物をなんとかしようと申し出た。

それから夜になって農夫は物陰に隠れて様子を伺っていた。

真夜中を過ぎたときに大きな音がして奇怪な魚が現れた。手も生えてるし足も生えてる。口は大きくギザギザの歯が生えている。その化物が宮殿内をうろついて目につく物を片っ端から食べようとするので、宮殿の人々は恐ろしくて物陰から出てこれないのだ。

農夫は麻紐男を手綱の代わりにして魚の化物に飛び乗った。化物は暴れたが農夫は振り落とされないよう上手に麻紐男を操った。それから農夫が口笛を吹くと何処からともなく岩男が現れて魚の化物に抱きついた。
岩男がどんどん重くなるのでとうとう魚の化物は動けなくなってしまった。
農夫は動けずにいる化物の鱗をむしってしまった。。鱗を無くした魚の化物は泣きながら海の底へと帰り二度と現れなかった。

宮殿の人々はとても喜んだ。
ずっとここで暮らすと良いと王様は言ってくれたが、農夫はそれを断った。

「ここに来るまでにはぐれた友人がいるからね」と農夫は言った。
そして彼らは木男を探すため再び旅に出たのであった。

the end