短編小説「深海と作成中の短編小説」

これは僕がいま書いている短編小説です。
まだ完成していません。

深海と昆虫のお話なのでタイトルは「深海キリギリス」と付けようと思っています。
僕は深海とか地底とかそん人跡未踏の秘境を冒険する話が好きです。
この話も深海を舞台にしています。
深海の中で未知の生物たちに会いたいです。波のうねりが聞こえる静寂の中で本も読んでみたいです。深海からあなたに手紙を書いてみたいです。

ああ、それからユイスマンスの「さかしま」に倣って船室にはルドンの絵を飾りたいと思っています。
深海には彼のエッチングはよく似合うと思います。
ワクワクしたりドキドキするようなお話が書きたいです。

今、この小説は作成中です。文章に無駄が多いので長いです。まだまだ見直しが必要です。

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短編小説「深海キリギリス」村崎懐炉

ロサンゼルスから7000マイル程南下した赤道付近に未知の海淵が発見された。場所はハワイ諸島とガラパゴス諸島、イースター島を結んだ大きな三角地帯の中心点にあたる。人工衛星が海底地形の逐一を明らかにして以来、未知の海底地形の発見は驚くべきニュースであった。

その地点にはかつて小さな島があった。島の地底は巨大な空洞となっていたが地殻変動で空洞ごと島は海底に沈んだ。地殻変動は今も続き、長い年月をかけて海淵が深くなっていったと思われる。海淵の深度は3000フィートである。
周囲を岩礁で囲まれ近付けなかった上、地盤の下に隠れていたため、長らく発見されなかったのである。この海淵が発見された時に、世界が驚愕したことはこの海域の生態系である。
他の海域から隔絶された海は未知の生物たちに満ちていた。なんとこの海には海洋性の昆虫が住んでいたのである。
海に住む昆虫は存在しないというのが定説であったため、これは世紀の大発見であった。

深海にいる生物、中でも新たに発見された深海昆虫の魅力に取り憑かれた僕は友人にせがんで深海ポッドに乗船させて貰った。
深海の生き物たちは皆、美しい。
重力に囚われた陸上の生き物には体現できない身体機能的な自由さがある。(我々の身体は上下移動ができない。)
深海という光のない世界で、視覚的な華美を捨て機能に特化し続けた美しさとも言える。
深海昆虫たちは更にそれが顕著である。
機能的に進化を続けた昆虫たちが海に適応し、進化を重ねた姿がそこにあった。陸上の昆虫にはない美しさがあった。

或る日の早朝に僕と友人の乗った深海ポッドは沈下を始めた。
波が日光に煌めいて美しかった。潜水艇の外を海洋昆虫たちが泳いでいく。
今通り過ぎたのはナナフシの集団である。細い身体を海流にしならせて、時に旋回し泳いでいった。
その後ろを悠々と泳いだのは海洋カブトムシである。硬い外骨格に覆われた彼は口吻から海水を吸いプランクトンを摂取している。あまりにも甲殻が硬いので彼らを捕食できるものはこの海域にはいない。
彼らを見ながら潜水艇は沈下を続ける。
徐々に日光が遠ざかり重苦しさを増していく。

途中珊瑚に花が咲いていた。
友人に尋ねるとあれは海洋性の蝶だと言う。
蝶が珊瑚に群生して花のように揺れていた。
生まれたばかりの蝶の幼虫は波間に漂っている。幼生の時期を過ごして蛹になり脱皮をすると浅瀬に固着して花のような外見になる。
クラゲにも似た薄紅色の半透明の翅をしている。体は大きい。片翅は大人の手のひらほどの大きさである。
何百匹といるだろうか。珊瑚に固着した海棲蝶たちが波に抗って翅を揺らす様は満開の桜を彷彿とさせた。

蝶に見惚れる僕に友人が耐圧服を出してくれた。この深度なら耐圧服を着れば海中に出れるようだ。
早速僕は耐圧服に身を包み、減圧室から海中に出た。
近くで見る蝶たちはやはり美しかった。
僕は指先で蝶をつついてみた。
蝶たちは驚いて一斉に波に流れていった。
それは舞い散る花弁のようであり、やはり美しい光景であった。

船室に戻った僕に友人が感想を尋ねた。素晴らしかったと御礼を言うと彼は笑った。
友人には久しく会っていなかった。お互いに年を取っていたし、互いの人生を深く歩んでいた。
彼は結婚して子どもがいた。
彼が女の子と喋っているのを見たこともなかったので意外だった。
彼は船室に飾った子どもの写真を見せてくれた。彼に似た女の子だった。
可愛いんだ、彼はそう言って目を細めた。

ポッドは尚も沈下した。海棲昆虫類の数は少なくなってきたがまだ見かけられる。次に僕の現れたのは海棲テントウムシである。テントウムシは黄色い鞠のような球形の姿に斑紋があった。これもかなり大きい。直径30〜35インチ程はあろうか。身体を丸めて海中に浮いている。一見して鞠であったが深海ポッドが近付くと身体を開いて慌てて逃げていった。気が付けば潜水艇の周囲に多数の黄色い鞠がある。
繁殖期なんだ。メスを求めてオスが集まってきている、友人が説明してくれた。

間もなく最下深に達しようと言うところで深海ポッドが大きく揺れた。
どうした、と僕は友人に尋ねたが彼は何も答えなかった。
深海は静寂であった。
ポッド内は無言に満ちていた。

突然制御盤から警報がなった。

バラストタンクの水圧が異常だ、と制御盤の表示を確認した友人は言った。
タンクが欠損したらしい。
もしかしたらタンクに亀裂でも入ったのかもしれない。
それはどういうことなのか尋ねた。
ああ、つまりと友人は淡々と言った。
もうこの潜水艇は浮くことができない。

沈下の速度が増していた。
船室の減圧機構が間に合わず、急な沈下に目眩がする。
動悸がして立っていられない。
跪いた僕を友人が見下ろした。

警報が鳴っている。

友人は無言であった。

なんとかならないのか、僕は悲鳴をあげた。
ならない。
友人は答えた。
深海に潜るということは、こういうこともあるのだ。友人は淡々と喋る。

申し訳ないが、こうなった以上、なるようにしかならないのだ。艦の故障に対して我々は無力だ。何もできずに状況を見守るしかない。

そんな馬鹿な。僕は言った。何かできることがあるだろう。
ない。友人は言った。

そうだな、昔話でもしてあげよう。少しは落ち着くだろう。

君とはキンダーガーテンの頃からの付き合いだ。僕は小さな頃は華奢だったからな。何度も君に守られていた気がするよ。

眼球の毛細血管が破断したのか視界が暗くなる。友人は話し続ける。

僕はそれが悔しかったんだ。君は僕の庇護者を気取っていただろう。でも僕は君に守られる必要など無かった。

うわんうわんと彼の声が反響していた。

僕は悔しくて努力をした。お陰で僕は勉強もスポーツも特等になった。対して君は鈍重でノロマで友人も少ない。僕は友人たちに囲まれて君の庇護から外れたんだ。
でも僕と君は同じ国家試験を受けて、僕は失敗した。君は合格した。勉強は僕の方が出来ていたのにね。
考えて見れば君の家系は官僚の家だ。コネがあったんだろう。僕にはそんなものなかった。
今では君は高級官僚として、僕は一介の研究者として君にかしづくとこを強いられる。

彼は平静と話を続けた。

実は僕は先日離婚したんだ。
妻は子どもは出て行った。
妻と弁護士が僕のことを散々悪く言って、今後、子どもには会えそうもない。
家で一人でいると何もやることがないんだ。
本当の孤独とはああいうものかもしれない。
僕は一人で深海に潜ることに慣れていて、孤独には慣れていると思っていた。でも全然違うんだな。
家に一人でいると子供の頃のことを無性に思い出してね。

君から連絡があったのはそんな時だった。

深海ポッドが再び大きく揺れた。
おそらく海底に到着したのだ。
墓標。
そんな言葉が浮かんだ。

友人の昔話に少なからず僕は驚いていた。彼とは友人のつもりでいたが、彼は僕に悪意を抱いている。僕は彼の悪意に全く気付いていなかった。いや、知っていたかもしれない。彼の屈折した感情に。僕は気付いていて、それを気付かぬことが親切だと思い目を瞑っていただけかもしれない。

そして同時に僕は怒りを感じた。
もしかしたら、これが彼の復讐なのではないかと。離婚した、と彼は言った。孤独だと。
彼は絶望の道連れに僕をしているのではないか。死を目前に彼は平静過ぎる。本当は助かる見込みがあるにも関わらず、彼は僕もろとも死のうとしているのではないか。

目眩の中で、僕は虚実に惑っていた。真偽が分からない。僕はどうすれば良いのか分からない。

その時。

潜水艇の丸窓に綠色の発光体が近付いてきた。軟体類が伸縮しながら進むように、力を溜めては伸びやかに進むことを繰り返している。
深海艇の直近に近付いた時、それが深海キリギリスであることに気付いた。キリギリスは深海に適応し、自ら発光する機構を生み出したのだ。
潜水艇に近付いたキリギリスは顎が大きく、筋肉質で、大きさは30インチはある。恐らく深海キリギリスの中でもかなりの大物だ。
ブラックアウトしていく目にキリギリスの発光が眩しい。

窓の外にキリギリスは留まっていた。
船室の僕達を眺めているようだった。
僕達もまた無言で彼を見つめていた。
緑色の発光が美しい。
思えば僕達にも草原を駆け回った時代がある。
バッタを捕まえて遊んだ時代が。

「xxxxxxxx」
友人はそう言って僕の肩に手を置いた。
優しい目だった。
「屈折」
僕は彼の屈折に目をつぶってきたつもりだった。
だが違った。屈折していたのは僕だったのだ。僕は彼への屈折に目を瞑ってきただけなんだ。
僕に対して目を瞑り、目も合わせないようにしてきた。ようやく目を合わせたな、と彼の眼差しが言っていた。その瞬間、僕の中で何かが雪解けた。僕は何に怯えていたのだろう。
何人もの人間が僕から離れていった。仕事でも家庭でも。僕は彼らを唾棄すべき輩と非難していた。僕は何と戦っていたのだろう。

ふと深海キリギリスが視界から消えた。
そして船体が少し揺れた。
次に僕が見た物は潜水艇の丸窓の外を泳ぐ夥しい数の海洋性テントウムシだった。

メスのテントウムシの誘引物質に集まったオスたちが潜水艇にくっついていたらしい。バラストタンクの排水口が詰まっていたのだ。

深海キリギリスは海のハンターなのだ。
テントウムシたちはキリギリスを前に我先にと逃げ出していた。

弱肉強食を目の当たりにして潜水艇の機能は通常に戻った。浮力を取り戻してゆっくりと設定の深度に戻っていく。もし僕達がキリギリスに合わなければ潜水艇は浮力を失ったままであった。長い時間の中で酸素を消費して僕達は息絶えただろう。彼に出会ったことは全くの幸運であった。僕達は再び窓の外を見た。


深海キリギリスはやはり緑色に発光しながら行くあてもなく浮いていた。

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僕のお話はこれで終わるのですが、この冒険についてはまだ語られていないことが多くあります。また僕と友人のことについてもお話したいことがある気がします。だからこのお話はまた別の形で書いてみたいと思います。書いたらまたお知らせするので読んで欲しいと思っています。

それではまた。
皆様良いお年を。