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競馬場の(あまりよくない)思い出

わたしは岩手出身です.実家から歩いて10分もかからないところに競馬場がありました.地方競馬,いわゆる草競馬のたぐいですね.10歳のときに盛岡に引越してきた当初は,最初はものめずらしいものでした.いまは競馬場は郊外に移転し,そのまわりはすっかり住宅地となって,跡地は公園として整備されています.

近隣の人間にとって競馬場は迷惑のひとことにつきました.隔週の金土日の開催日には,県内外のあちこちからカーキ色の作業衣をきたオッさんたちが集まってきて,とたんに町の雰囲気が悪くなります.バス停から競馬場まで歩く200メートルほどの道がありましたが,そこは競馬にきたオッさんたちの世界でした.ポイ捨てされたタバコのすいがらやビールの空きカン,そのころではじめたワンカップの容器が,路上のあちこちに捨てられていました.

レースが終わると,こんどは競馬新聞やハズレ馬券が散乱します.負けた人間が帰り道でハズレ馬券を道にばらまいていくのはお約束でしたが,ごていねいに新聞をこまかくちぎって紙吹雪のように散らしていく人間もいました.ハトロン紙みたいな紙質のうすい馬券は地面から掃きとるのもたいへんで,道端の家は毎週苦労していました.これに雨でも降ろうものならばアスファルトにはりついて悲惨なことになります.

競馬新聞を買うと,小指ほどの長さの赤鉛筆がついてくるのですが,それも道にたくさん捨てられていました.小学生のわたしはもったいないのでその赤鉛筆をひろってつかったりしていました.赤に朱色がまじった独特な色あいだったのはいまでもよく覚えています.

70年代は車が激増した時代で,車で競馬場にくる人間も多かったのですが,駐車場がないのでみんな路上駐車です.路上駐車ならまだいいほうで,驚くことに人の家の庭にはいってきて勝手に停めていくのです.いまから考えると信じられないことです.警察に電話しても,民事だからといってまったくとりあってくれません.万が一,その車に傷つけたりタイヤの空気を抜いたりしたら器物損壊になるから絶対にするな,とむしろ注意される始末です.

飲酒運伝で平気で帰っていきます.他人がどんな迷惑をこうむろうとも勝手に駐車して競馬に行き,ビール缶やタバコを道にポイ捨てし,注意をしようものなら逆ギレする.傍若無人な,こういった生きかたの人間というものが世の中には存在するのだ,というのが小学生のわたしにとって大きな驚きでした.これまでまわりにこのような人種をみたことがなかったからです.

競馬場にいくときは帰りのキップは買っておけといいます.頭に血がのぼると帰りの電車賃ですら馬券につっこむからです.たまに勝つと帰りは駅までタクシーですが,駅までのバス賃すら使ってしまったひとは40分以上かけて駅まで歩かなければなりません.

競馬をやるような人間は,ひとの家にかってにはいっていくのも平気なせいか,軒先のものがなくなるのは日常茶飯でしたが,困るのはひとの家の自転車を盗んでいくことでした.負けて歩いて帰るのが面倒なのですね.わたしの弟はおなじ自転車を2回盗まれて,1回目は盛岡駅に放置されているのをわたしが見つけてとりかえしましたが,2回目はとうとうもどってきませんでした.

すぐ近くに競馬場があるから週末は楽しみにいこうなんていう近隣住民はみたこともありませんでした.近所の小学生の女の子がいたずらされたという事件があったりして,とうとうたまりかねた住民が行政になんどもなんども抗議と苦情の陳情をするようになりました.しかしいつも最後には,競馬場からあがる莫大な収益が盛岡市民のためになっているのだからがまんしろ,といわれました.

いまはとうでしょうか.地方競馬は多額の赤字を垂れながしていますが、行政と一部の団体の利権がからみつき、だれも責任をとらない体制のなかで、税金で補填しながら続けられている体たらくです。70年代に当時の美濃部東京都知事が、都営競馬の全廃という大英断をくだしたのを、こども心にもうらやましく思ったのを鮮明に覚えています。競馬はだれのためにある? ファンのため? 地元住民のため? そうではなくそこから甘い汁をすっている一部の既得権者のためにすぎないでしょう。

ながい昔話をしてしまいました。しかし最近、競馬を礼賛する言説がなされていて、わたしにはまったく理解不能です。いわく、競馬はヨーロッパでは貴族の娯楽だった。いわく、競馬はおとなのための高尚な趣味である。いわく、ポップなケイバは女性でも楽しめる、いわゆるUMAJOとか。そして広告代理店の入れ知恵なのでしょうか、アイドルを使って大々的な宣伝広告をくりひろげたり、マンガやゲームのキャラクターとなって,若者をターゲットに金をすいあげようとしています。

だれがなんといおうと競馬はバクチの一種にすぎません。

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