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フィブリノーゲン製剤の黒歴史

お産による死亡はいまでも出血によることが多いのですが,それを産科危機的出血といいます.先天性低フィブリノーゲン血症に使われていたフィブリノーゲン製剤が,2021年9月より,産科危機的出血にたいして適応拡大となりました.大出血のため命の危機にさらされる産婦さんに大きな福音とあり,それに対処するわれわれ産科医にとってもグッドニュースであることはいうまでもありません.

うちの病院では数年前に院内倫理委員会の審査をへて,産科危機的出血にフィブリノゲンの適応外使用をおこなってきましたが,これからは通常診療として投与できることになりました.DICにおちいった産婦さんの出血を止めるためには,消費されたフィブリノゲン(と血小板)の補充がなによりも重要です.

日本産科婦人科学会および日本輸血細胞治療学会の提言によると,(1)羊水塞栓症,弛緩出血,常位胎盤早期剥離などによる,(2)凝固障害のために止血困難が認められ,(3)フィブリノゲン値が150mg/dLを切る場合,といった具体的な条件が定められています.これはきちんと順守する必要があります.

1970年代から80年代のいまとなっては昔ですが,フィブリノゲン製剤がとくに産科病院で乱用されていた時代がありました.フィブリノゲンはヒト血液由来であり高価な製剤です.また輸血などとはちがって乾燥製剤は長期保管が可能であり,分娩のときのちょっとした出血にも簡単に使われる傾向がありました.

世界中の売血からつくられたフィブリノゲン製剤が日本に集められて,薬価差益を目的にまさに「乱用」されたという黒歴史です.その結果副作用としてC型肝炎が多発し,日本各地で患者からの集団訴訟が提起されました.旧ミドリ十字と当時の厚生省が全面的に敗訴となっています.

薬害肝炎で集団提訴/国、企業に賠償請求/80年代以降29万人に投与 血液製剤の危険予見 (jcp.or.jp)

もちろんいまの製剤は加熱によりウイルスを完全に死滅させ心配はありません.産科医が産科危機的出血にたいするフィブリノゲン製剤の適応拡大(再適応)を長らく切望しながら,その実現に30年近くかかってしまったのは,過去に製剤を乱用した産科医自身のまさに自業自得ともいえるものでしょう.

いま産科危機的出血の最前線にたつ若手の産科医は,そういった過去の歴史をあまりよく知らないでしょう.しかし今回のフィブリノゲンの適応拡大において,われわれ産科医は適応を厳密に順守し,二度と誤りをおこさないよう心すべきと考えます.

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