人生とは恥の積み重ね

数年前に書いた文章を読み返してみると、読むに耐えない酷いものばかりだ。

言いたいことと書いていることがちぐはぐで、何も伝わってこない。(今もなんら成長していないが)

当時はなんとも思っていなかったはずだが、今読み返せば、顔から火が出かねない。

読み返した時に赤面してしまう文章を他にもいくつか挙げてみよう。

深夜に書いたポエム。あの子に向けた恋文。少し背伸びして書いた文章……。

今となってはどれも直視できない。

思い出すだけで顔から火が出そうだ。もう出ているかもしれない。

しかし、これらは何も、僕だけではないはずだ。

誰もが通る、『病』のようなものだろう。そうであって欲しい。

それを紙の上にのたくらせている間はまだ良かったのだが、SNSの台頭により、人の目に晒される機会が増えてしまった。勘弁してくれ。

急速に普及したSNSの弊害といえよう。


さて、突然ではあるが、ここで告白をする。

私は例の『病』により、今でもTwitter等で小っ恥ずかしい文を書く。

いわゆる『深夜のテンション』が原因で、昨晩の自分を呪った朝は、片手では数え切れないほど迎えた。

しかし、よっぽどのことがない限り、それらは消さずにとっておく。

なぜか。

歴史になるからだ。

言葉を綴り続ければ、それはいずれ書いた本人の歴史となる。

書き続けた文章の山は、さながら断層のように、当時の自分を知る鍵となるだろう。

それがたとえ黒歴史だとしても、構わないのだ。

なんなら橙色でもいいし、桃色だって構わない。

歴史がないよりは、幾分マシと言えるだろう。




きっとこれも、色のついた歴史になる。

心のどこかで確信している。

おそらく、色は黒だ。

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