令和5年予備試験 刑法 再現

令和5年予備試験 刑法
設問1 
1(1)「不法に」(刑法(以下法名省略)220条)といえるには、不当な目的があれば足りると解する。甲がXのいる小屋の出入り口をロープで縛ったのは、Xを殺害する場所を探している間にXが逃げ出すのを防ぐという不当な目的にでたものであって、「不法に」といえる。
 (2)ア 「監禁」(同条後段)とは、人を一定の場所から脱出困難にすることをいう。 
 イ この点、監禁罪の保護法益を現に移動しようと思った時に移動できるという、現実的な移動可能性であると解する見解(現実的移動自由説)がある。これによればXは10日午後5時に熟睡後1度も目を覚まさなかったのだから、Xは現実に移動しようとする意思を有しておらず甲の行為は現実的移動可能性を害していないので、「監禁」に当たらない。
 ウ しかし、上記のとおり解してしまうと、監禁罪の成否が、被害者が移動しようとする意思を有していたか否かという偶然の事情に左右されることとなり、妥当では無い。また、脱出を困難にする行為がなされた時点で、人を脱出困難にするという目的は達せられているのだから、その時点で監禁罪の成立を認めるべきである。 そこで、監禁罪の保護法益は、移動したい時に移動できるという潜在的な移動の自由であると解する(可能的自由説)。 本件では、午後5時5分頃、甲はXに小屋から逃げられないようにするため、小屋の出入り口をロープできつく縛り内側から同扉を開けられないようにした。 小屋には窓がなく出入口はその扉一つだけだったから、甲の行為によりXは小屋から脱出することが著しく困難又は事実上不可能になったといえる。Xは午後5時に熟睡してから1度も目を覚まさず、現実な移動意思を有していないが、潜在的な移動の自由は侵害されているので、この点は監禁罪の成否に有意な事情では無い。 
エよって、甲の行為はXを小屋という一定の場所からの脱出を困難にしたといえ、「監禁」にあたる。 
(3)そして、午後5時5分にロープで縛り、同日午後6時にほどいているので同期間の間監禁罪が成立する。 2 以上より本問の主張は適当である。 
設問2 
1 甲がXの首を両手で強く締め付けた行為に殺人罪(199条1項)が成立しないか。 
(1)甲がXの首を両手で強く締め付け(「実行行為」)、Xは最終的に死亡(「結果」)させている。
 (2)ア Xの死亡は甲が崖から突き落としたことによるものであり、因果関係が否定されないか。
イ 因果関係の有無は、条件関係を前提に、行為の危険が結果へと現実化したか否かという点から判断する。その際、行為の危険性、介在事情の異常性、寄与度を考慮する。 
ウ Xの死因は頭部外傷であり、これは甲がXを崖から落とし、頭部を地面に強く打ち付けたことにより生じたことであり、介在事情の結果への寄与度は高く、因果関係が否定されるとも思える。しかし、殺害のため首を締め、死体遺棄のため崖から突き落とすという行為は、殺人犯の行動として通常想定しうる行為であり、崖落とし行為は首絞め行為に誘発されたものともいえるので、介在事情の異常性は高くない。また、Xを崖から落とせたのは、先だってXの首を締めて気を失わせ、その抵抗力をなくしたからであり、首絞め行為さえすれば、崖落としは容易であるので、首絞め行為の持つ危険性もまた大きい。そして、首絞め行為がなければ、X死亡という結果はなかったのだから、条件関係もある。
エ 以上からすれば、因果関係が認められる、
(3)ア 甲は首絞め行為の時点でXが死亡したと認識していたが、実際はその時点でXは生きており、崖落としによって死亡したのであるから、甲の認識する因果関係と現実がかい離しており、故意が否定されないか(因果関係の錯誤)。
イ 故意責任の本質は規範に直面しながらあえて犯罪を行ったという反規範的人格態度への道義的非難にある。そして規範は構成要件の形で提示されている。そうであれば、行為者の認識した因果関係と現実とが構成要件の範囲で符合している限り、故意が認められる。
ウ 行為者たる甲は、Xを首をしめて殺し、その死体を崖から遺棄するという因果を認識している。対して現実は首絞めではXは死なず、崖から落とされて死んだものであった。これらは、およそ人の死という因果関係の中で符合しているので、殺人罪の構成要件の範囲内で符合している。
エ よって、甲に殺人の故意が認められる。
(4)以上から、甲の上記行為に殺人罪が成立する。
2 甲がXの上着ポケットからXの携帯電話を取りだし、自己のリュックサックに入れた行為に窃盗罪(235条)が成立しないか。
(1)甲は、Xの携帯電話という「他人の」「財物」を、Xの合理的意思に反して、自己のリュックサックに入れており「窃取」したといえる。
(2)ア 窃盗罪が成立するには不法領得の意思を要するところ、これは権利者排除意思と経済的利用処分意思からなる。
イ 甲は、Xの死体から離れた場所に携帯を捨てようとしているが、これは携帯の所有者たるXを排除するものであるので、権利者排除意思が認められる。甲は、携帯電話をXの死体から遠く離れた場所に置くことで、携帯電話のGPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得した場合に偽の情報を掴ませ、これによりXの死体発見を困難にし、またXが甲とはぐれた後、山中をさまよって滑落したかのように装う犯行隠ぺいさせようとしている。甲は、Xの携帯電話の経済的機能であるGPSを利用して、捜査の遅延及び犯行隠ぺいという効用を得ているといえるので、経済的利用処分意思が認められる。
ウ 以上より、甲に不法領得の意思が認められる。
(3)甲に故意(38条1項)に欠けるところはない。
(4)よって、甲の上記行為に窃盗罪が成立する。
3 甲が、Xの財布から3万円を抜き取った行為に窃盗罪が成立しないか。
(1)3万円は「他人の」「財物」である。甲が上記行為に及んだ時点でXはまだ生きていたのだから、3万円につきXの占有が認められるところ、これをXの合理的意思に反して抜き取ってポケットに入れているので、「窃取」に当たる。
(2)もっとも、甲はこの時点でXは死亡していたものと軽信しており、死者に占有が認められない以上、窃盗の故意が認められないのではないか。
 この点、自ら被害者を殺害したと思い込んでいる者との関係では、殺害行為と財物奪取との間に時間的接着性が認められる限り、両行為を全体として一体的に評価し、生前の占有を犯しているものと評価できるので、そのような場合は窃盗の故意が認められる。
 首絞め行為が6時20分、3万円を抜き取ったのが6時25分と、5分しか差がないので時間的接着性が認められる。ゆえに、両行為を一体的に評価し、生前の占有を侵害している旨の認識・認容が甲にあるといえるので、甲に故意が認められる。
(3)甲に不法領得の意思が認められるのは明らかなので、甲の上記行為に窃盗罪が成立する。
4 甲がXの携帯電話を捨てた行為に、証拠隠滅罪(104条)は成立しない。「他人の刑事事件」ではないからである。また、甲がXを崖から落とした行為には何ら罪は成立しない。甲の主観では死体遺棄、客観的には殺人であり、通称的事実の錯誤の問題となるが、両罪は保護法益が異なるので、構成要件の実質的な重なり合いがないからである。
5 以上より、甲には殺人罪、窃盗罪2つが成立し、それぞれ併合罪(45条前段)となる。
以上
 
再現作成日 9月13日
解答時間 75分
分量 4枚フル

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