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36歳になりました

帰宅後、あまりの眠気に耐えられず横になり、小一時間ほど寝て起きると、まもなく0時を迎えようとしている。日付が変われば36歳の誕生日だ。36歳の誕生日という字面にあまりめでたさが感じられないのはどうしてだろうか。誕生日を迎えるたびに、年輪を重ねて存在感が濃くなっていくというより、人生の総量が増えて濃度が薄くなっているような気がしないでもない。

ハローワークの基準に照らしていえばもう若者に該当しない年齢である。若者と呼ばれるのは34歳までの人間なのだそう。社会のほうはわたしを若者だと見なさなくなった。他方、自分には学生気分どころか未就学児気分が抜けていないという実感がある。一日中おもちゃで遊んでいたい。とはいえ、この歳になって日がな一日おもちゃで遊んでみても昔ほど熱中できず退屈してしまいそうだ。

今年はおうちでも映画をたくさん観るんだぞと決意して、『死ぬまでに観たい映画1001本』という本をメルカリで入手した。けれども、その本を買ったことをすっかり忘れてしまっていた。昔ほど何かに熱中するということがなくなった。多少無理をしないことには何もできない。

ものぐさ、事態の楽観視、見通しの甘さから判断を誤り、最初は小さかったはずの問題が水面下で雪だるま式に膨れ上がり、その問題が露呈したときには、もはや取り返しのつかない局面に達しており、結果として社会的な信用を失い、人々から見放され、人生が終了したりしたらどうしよう……。ほんの数年前まで、そうした不安に囚われがちだった。

『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』という映画を映画館で鑑賞した際、家を失い路頭に迷う主人公の姿を見ていたら、自分も早晩こうなる運命に違いない、という不安が生じてきて、気が気でなく、呼吸も浅くなるし、動機もしてきて、冷や汗をかいたことがあった。

しかし、最近はそうした不安も忘れ去られつつある。さしあたり大丈夫そうだからか。何はさておき暮らしていくしかないという諦めがついたのか。単に感覚が鈍麻してきたのか。むしろすべてに対して投げやりになりつつあるのか。よくわからないが、現状として不安を感じていないから良しとしたい。

土曜日。新文芸坐の『北野武 バイオレントサタデー・ナイト2023』なる催しに参加した。『その男、凶暴につき』『3-4x10月』『ソナチネ』のオールナイト上映だ。オールナイト上映に参加するのは、新文芸坐のジョン・カーペンター特集と今はなきギンレイホールのジョン・カサヴェテス特集に続いて三回目。

23時に1本目が始まって3本目が5時に終了する。全部で6時間だから、夜行バスで東京から名古屋まで移動するのとだいたい同じ時間だ。そう考えるとなかなタフなイベントである。夜型人間だとはいえ、昔ほどの体力もないし、しんどい思いをするのではないかとやや不安に思っていたが、楽しく朝を迎えることができた。

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