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ヒンデミット作 ヴィオラ協奏曲「白鳥を焼く男」

ある日、協奏曲の楽章構成について調べていたところ、目を疑うタイトルに遭遇しました。

ヒンデミットのヴィオラ協奏曲「白鳥を焼く男」です。

ショッキングなタイトルで思わず後ずさりしてしまいます。あの白鳥ですよ。神秘的で清楚なイメージの鳥を焼くとは、いったいどんな男なのだ。というかそれがタイトルになるなんて、ヒンデミットという作曲家はひんでいひっと(人)だ…、とさえ思いました。(あの〜、今の微妙なダジャレのつもりですが、わかりました?笑)

すぐさま更に調査を継続。調べてみると、これは有名なヴィオラ独奏協奏曲であること。三曲構成で各々にタイトルがついています。

1.「山と深い峡谷の間で」"Zwischen Berg und tiefem Tal"
2. 「いざその葉を落とせ、小さな菩提樹」。"Nun laube, Lindlein, laube. "
3.「あなたは白鳥の肉を焼く人ではありませんね」による変奏曲。
  "Variationen: Seid ihr nicht der Schwanendreher?"

古いドイツ民謡を原曲にしてヒンデミットが創り上げた作品です。吟遊詩人が村人を相手に歌を披露するという趣向で、ヴィオラが吟遊詩人役をつとめます。第三曲目のタイトルが総合タイトルに抜擢(?)されたというわけです。

原題の民謡を知っていればどーってことないのでしょうが、邦題は(といっても通称なのでしょうが)短縮しすぎでインパクト有りすぎです(笑)。強烈すぎて忘れられませんから、絶妙の宣伝手法かもしれません。私なんぞは思わずAmazonの購入ボタンをクリックしそうになりますからね。この文章を読んだ皆さんの中にも同類の方がおられないかが心配です。

編成は、フルートが2(1つはピッコロ持ち替え)、オーボエが1、クラリネット2、ファゴット1、ホルン3、トランペット1、トロンボーン1、ティンパニ、ハープ1、チェロ4、コントラバス3。ヴァイオリンとヴィオラが抜けているので不思議ですよね。独奏ヴィオラの音をクリアに聴かせるのが目的だそうです。なんと大胆な発想でしょう。

" Seid ihr nicht der Schwanendreher? " Schwanendreherの意味を調べてみたのですが、今ひとつわかりません。schwan=白鳥、dreherはgoogle翻訳だとターナー。英語ではturner?ウィキペディア英語版には、Schwanendreher="The swan-turner", in reference to cooking over a spit とあります。 肉を木の枝で刺し、火であぶりながら回すイメージでしょうか。それとも串焼きやバーベキューみたいな感じ?

いずれにしても、白鳥を食べるなんてことは日本では想像を絶するわけですが、調べてみると欧州では昔は普通のことだったらしいです。驚くなかれ今でも地域によっては食べる習慣があるというのです。英国も日本と同じで白鳥は捕獲禁止のようですけど、法律を知らない移民たちが白鳥を食べてしまい白鳥が激減する事態に陥り困っているという情報をネットで見ました。本当でしょうか?ドイツ近辺在住の読者の皆様でこの民謡のことや関連のお話をご存じの方がおられましたら、ぜひ教えてください。

さて、長々と題名のことを書きましたが肝心の音楽について少々(←少々か!)。

第一楽章冒頭はヴィオラ独奏で始まります。二つの音が重なり、一本だけで弾いているとは思えません。少し変わったメロディが印象的で、一度聴くと頭から離れません。やがてオケが加わります。ホルンやトロンボーンの音色が実に荘厳で勇ましいイメージになります。後半は冒頭テーマのヴァリエーション。少しテンポが速くなります。要所要所でパートが面白いフレーズを奏で、楽しいですね。全体的にスリリングで格好いい音楽。厳しい自然と格闘する人間の姿が目に浮かびます。

第二楽章前半はヴィオラとハープのデュオ。冒頭から「やられた!」という感じ。言葉に尽くせぬほど美しい。ハープの伴奏は言葉では表現できない神秘的なムードを漂わせます。ヴィオラの音色は人間のさまざまな喜怒哀楽を聴かせてくれます。後半のフーガ的な展開ではさまざまな楽器とヴィオラのデュエットがし楽しめます。エンタテインメント的要素があって私は好きです。やがてx冒頭のテーマに回帰。今度はホルンなどサポート役が加わり、音楽に広がりを見せます。むせびなくようなヴィオラの音色が病みつきになりそう。

楽しげな前奏で始まる第三楽章。親しみやすい冒頭のメロディは主題なのでしょう。が、主題を楽しむまもなくその後続く変奏(ヴィオラの独奏)が複雑過ぎて、元の音楽の片鱗を思い出させてくれない罪な構成。ヴィオラの超絶技巧腕の見せ所(聴かせ処)。よく聴けばヴィオラとオーケストラで主役を交代で演じているのでした。合間には第二楽章の主題も絡まり、テンポも緩急自在でスリリングな展開が続きます。オケの音と融合したヴィオラの独奏はひかえめではありますが大きな存在感。とはいえ、あっけないエンディングには、少し物足りなさも感じます。

古典派やロマン派の音楽と比べると、音階も和音も随所に耳に優しくない箇所もあります。聴く際には覚悟が必要でしょう。まあ、現代曲の部類なので当然と言えば当然。でも、最近いろいろなことに静かに怒っていて、脳が硬化しつつある私を、すぅーっと無我の境地に誘ってくれる音楽でした。変な和音もメロディ(笑)も、聴き慣れると病みつきになりそうです。


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